どさくさに紛れて

 オウム裁判終結から1週間。
 関連する新聞報道をいろいろ眺めてみたのですが……、

 困ったものですね。
 毎日新聞。 クリック→【毎日新聞】記事
 中国新聞。 クリック→【中国新聞】記事

 相変わらず「サリンを撒いた理由がわからない」「動機がわからない」などと、きちんとした検証も成されない虚論を展開する森達也氏の意見を、堂々と載せたものです。
 羞恥心はないのでしょうか。
 毎日新聞は、よくこんなコメントを掲載して、16年もオウム裁判の取材を重ねてきた司法記者クラブや社会部からクレームがつかなかったものです。
 9月2日の司法記者クラブでの会見にも、取材にいらしてなかったのかな。
 ぼくたちの抗議について報道もされていませんでしたし……。
 そういえば、かつて全日空機ハイジャック機長刺殺事件の東京地裁判決の「解説」記事が、まったく的外れなもので、他紙の記者さんと失笑した記憶があります。
 もはや司法取材がきちんと機能していないのかな。

 中国新聞は、地方紙ということもあって、事情をよく理解できていなかったのかも知れませんね。
 そこで、下記の意見をメールにて送信してみました。

【「オウム裁判終結特別寄稿」に関しまして】

冠省

 青沼陽一郎と申します。
 作家・ジャーナリストと呼ばれている者です。

 御紙11月22日付誌面に「オウム裁判終結特別寄稿」と題して森達也氏の寄稿記事が掲載されておりました。
 森氏においては、その著作に関して、以下のような抗議が行われております。
 この件につきましては、今年9月2日に東京地方裁判所・東京高等裁判所合同庁舎内司法記者クラブにて、記者会見も行われました。

 ウェブ上にて抗議の内容の閲覧できますアドレスを添付いたします。

○有田芳生参議院議員ホームページアドレス
http://saeaki.blog.ocn.ne.jp/arita/2011/09/a3_5a8b.html
○滝本太郎弁護士のホームページ(ブログ)アドレス
http://sky.ap.teacup.com/applet/takitaro/20110903/archive
○僭越ながら当方のブログページアドレス
http://aonumazezehihi.blog.fc2.com/blog-entry-1.html


 これに関します新聞記事も添付させていただきます。

○朝日新聞
http://www.asahi.com/national/update/0903/TKY201109030104.html
○産経新聞
http://sankei.jp.msn.com/life/news/110902/trd11090221060023-n1.htm


 ご必要とあれば、抗議書の正式書面を郵送にてお送りいたします。

 私も、抗議の当事者でありますが、御社におかれましては、このような事実をご存知だったのでしょうか。

 ご承知の上での特別寄稿の掲載であれば、その理由をお示しいただきたく、ご連絡申し上げた次第です。

 ご見解を賜りますれば、幸甚でございます。

不一


 回答がくるのでしょうかね。
 HP上では、意見を募集しているのですが。


【追記】
 中国新聞宛メールの中の「11月22日付」は「21日付」の間違いだったようです。
 あとで訂正のメールを送っておきました。
 「誌面」も「紙面」の間違い。いつもの習慣でしょうかね。
 お恥ずかしい……。


スポンサーサイト

人生を棒に振ること

 本日発売の「週刊文春」に、記事を寄稿させていただいています。

 それも本!

 あまりあることではありませんし、ぼくにとっても初めての体験です。
 それにどちらも多くの人たちに目を通していただきたい内容です。

 ひとつは、食料について。それも、遺伝子組換え食品について。
 もうひとつは、オウム裁判の終結について。

 オウム裁判も16年をかけて、ようやく終結しました。
 ぼくは1995年の9月から本格的にはじまったこの一連の裁判をずっと傍聴取材してきたひとりです。
 連日の裁判が盛況だった頃は、
 「君のライフワークだね」とか、
 毎日を裁判所で過ごすばかりの日々を、
 「人生を棒に振ったね」とか、いろいろ嫌味を言われたりしたものです。
 果たして、この16年は、ぼくにとってもいったいなんだったのか、ちょっと考えさせられました……。

 16年前にはまだぼくは週刊誌に原稿を寄稿するなんてことは体験もしていませんでしたし、当時はテレビ関係の仕事をしていました。
 諸事情があってフリーランスになってみて、その頃から〝いつかは週刊誌に署名原稿を掲載してみたいな〟なんて漠然と〝夢〟のようなものを思ってはいましたが、
 1号に2本も原稿を掲載できるなんて、いまにして思うと出来過ぎかも知れませんね。

 そういえば、16年前に東京地方裁判所で出逢った、当時まだ〝新人〟だった週刊文春の編集の方が、いまや担当の〝デスク〟として、今回のぼくの2本の原稿の面倒をみてもらいました。
 運命なんてわからないものです。

 ぼくの16年の苦節は別としても、着実に時間をかけて裁判は行われてきました。その事実や内容を無視して、平気で嘘を書き立て、16年前に子どもだった人たちを騙すような行為を行う輩が出てきたことは、看過できません。
 誤った歴史を伝えてはならないのです。許してはならないのです。
 16年の現場取材に意味があるのだとしたら、過ちを過ちとして指摘すること。
 是々非々で意見すること。

 あらためて振り返ってみて、16年という時間の重みを熟々感じました。

 「週刊文春」是非、ご一読ください。


 ……あ、そういえば、

 本日発売の「週刊新潮」にもぼくのコメントが載っています。
 こちらは生活保護の問題です。

 こちらもご一読を。



最高裁判所の出来レース

 最高裁判所が裁判員制度について「憲法に違反しない」という判断を下しました。
 それも大法廷(裁判長・竹崎博允長官)の15人の裁判官全員の一致です。
 今週水曜日16日のことです。
 翌朝(17日)の読売新聞、東京新聞は一面トップの扱いで報じています。
 朝日新聞は今朝の朝刊の社説(19日付)で、
【国民の司法参加の話が本格化した90年代末からの「合憲か違憲か」の争いに決着がついた。】
 と、書いています。
 どこもみんな大真面目です。

 この一報に接した時から、おかしくて堪らなかったのですが、
 そもそも裁判員制度の導入にあたって、国から予算を付けてもらって、宣伝活動に邁進したのが、ほかでもない最高裁判所です。
 自分たちの宣伝してきたことが、実は「憲法違憲でした」なんて、いえるはずがないでしょう!

 そんな未来予想を拙著『裁判員Xの悲劇』(講談社)でも書いていたのですが、まさかここまで仰々しくなろうとは……。

 裁判員制度の設立の陰の立役者といわれ、その功績から異例の抜擢人事で最高裁長官のなったのが現在の竹崎博允長官といわれています。

 宣伝活動の先陣を担っていた当時の最高裁事務総長だった大谷剛彦判事も、いまや最高裁判事のひとりになっていますね。

 そういえば、大谷さんのご兄弟もテレビのコメンテーターとして、あちらこちらで裁判員制度の宣伝に尽力していらっしゃいましたね。

 合憲判決もあらかじめ仕組まれていたこと、といって差し支えないでしょう。
 おかしくて、笑いが止まりません。

朝日新聞、あなたもですか!?

 巨人内紛。ナベツネに反旗を翻した清武の乱。
 会見を行った翌日12日の新聞各紙。
 さすがに読売新聞は、そういうことがあったことだけを伝えるだけのベタ記事でしたが、
 朝日新聞は、スポーツ面から社会面まで使って、バシバシ書き立てていましたね。
 見比べているだけで、笑っちゃうのですが、
 朝日新聞の記事を読んでいて、途中でまたしても爆笑してしまいました。

 ナベツネこと渡辺恒雄読売新聞本社グループ会長についての著作もあるからなのでしょうが、
 朝日新聞は今回の内紛事件について、こともあろうにジャーナリストなる魚住昭氏のコメントを掲載していました。

 いやはや……、魚住昭っていう人は、平然とこんなことを書いているんですよ。


魚住昭「読み物 オウム事件 崩れ始めた壮大な虚構」◇ ←クリックしてみてください。

【報道では麻原は自らの罪を免れるため、元弟子たちに責任をなすりつけようとした男である。
 だが、実際に責任逃れをしようとしたのは元弟子たちのほうだろう。麻原は彼らの悪口を一度も言っていない。彼らから糾弾されても気にせず、彼らをかばう姿勢を崩さなかった。
 麻原弁護団は元弟子たちの暴走で事件が起きたことを立証しようとした。そのため元弟子たちの証言の矛盾を追及した。すると彼らは言い逃れができなくなって窮地に陥る。そんな場面になると、たいてい麻原が「子供をいじめるな」と言いだし弁護側の反対尋問を妨害した。
「ここにいるI証人(地下鉄サリンの実行犯)はたぐいまれな成就者です。この成就者に非礼な態度だけではなく、本質的に彼の精神に悪い影響をいっさい控えていただきたい」
 読者には信じがたい話だろうが、それが麻原の一貫した主張だった。彼は自分の生死には無頓着で、元弟子たちの魂が汚されることをひたすら恐れていた。裁判記録には、そうした麻原の宗教家としての姿勢がはっきりと描かれている。】(抄録)

 もう、どうかしちゃっているでしょう。
 この人は証言中の元弟子たちに「地獄に堕ちろ!」と呼び掛けていたことも知らないのでしょうかね。そのことは、麻原公判の記録にも元弟子の証言としてちゃんと残っているはずです。
 もはや、ジャーナリストなんてものじゃない。

 こんな人の解説やコメントが信憑性に値するのでしょうか。

 森達也という人の書いた『A3』なんぞに、講談社ノンフィクション賞をあたえてしまうから、
 彼を真似た手法が許されるのだと思って、
 こんなおかしな輩が次から次へと出てくるのでしょう。
 もっとも、魚住昭という人は、もっと以前に同賞を受賞しているのでしたね。

 しかも、この原稿の初出は講談社発行の『週刊現代』。
「ジャーナリストの目」と連載コーナーに掲載されたものです。
 ついこの間も同じ連載欄に麻原章晃の宗教観について書いていました。
 何を主張しようがその人の勝手ですが、「ジャーナリスト」を冠にして書くべき(公開すべき)ことではないでしょう。

『週刊現代』といえば、いわゆるグリコ・森永事件の真犯人を追及する〝ノンフィクション〟を掲載して、真犯人とされた関西在住の作家さんが、名誉毀損で講談社を訴えていますね。提訴は先週のこと。その前に『週刊文春』でも手記を寄稿しています。
 講談社サイドは、匿名で記事を掲載していたから問題ではない旨を主張しているようですが、匿名で書くくらいなら(あるいは、書かなければいけない状況なら)、ノンフィクションの意味がいったいどこにあったのでしょうか。
 この記事を執筆した岩瀬達哉という人は、「信念で書いた」といっているそうですが、真犯人を断定するだけの信念があるなら、実名で書けばいいでしょうに……。実名で書けないことをどうしてノンフィクションにしちゃうのでしょうか。

 箍がゆるむというのでしょうか。
 ひとつの過ちを認めてしまうと、それが許されるものと思って、追随する輩が出てきたり、組織体の空気そのものがおかしくなっていく。
 金八先生のいう「腐った蜜柑の方程式」っていうところでしょうか。
 いま騒ぎになっている、オリンパスにも、大王製紙にも、多かれ少なかれそんなところがあったように思います。

 それとも、講談社のケースはそもそもからして土壌が腐っていたのか。
 グリコ・森永事件追及のノンフィクションを書いた岩瀬達哉という人。
 こちらも、魚住氏同様に名誉あるはずの講談社ノンフィクション賞を受賞しています。
 しかも、ふたりは平成16年第26回の2作同時授賞。
 もうこの頃からおかしくなっていたのかな……。

 ……って、あれ?
 第26回の講談社ノンフィクション賞といえば、
 ほかでもない、ぼくの書いた『オウム裁判傍笑記』も同賞の最終候補作5作のうちのひとつに残っていたではありませんか!?
 ひえぇ〜!!

 当時から、魚住氏、岩瀬氏の受賞作は『月刊現代』『週刊現代』に連載されていたものをまとめて、講談社から出版した本でしたから、まあ、そんなものか、とは思っていましたが……
 それにしても……

 ひえぇ〜!!

 ますます、やっていられなくなる……。
 公に意見をする、抗議する、反旗を翻す、物事を深く考えるということは、少なからず自分も傷を負ったり、返り血を浴びることなんですね。
 清武さんの愚痴が聞いてみたい……。


遺伝子組み換え作物とTPP

 このブログを立ち上げたきっかけがきっかけだっただけに、どうしようかいろいろ考えたのですが、
 いろんな人から〝恨み節ブログ〟だの〝長い〟だの言われたのと、
 どうも、最近の自分のお仕事との関連(それも震災や原発事故関連)を期待して、このブログを訪ねていらっしゃる人も少なくないようですし、
 仕事ならずとも、ちょっと自分でも言及したいことがあったので、
 せっかくブログというアイテムを立ち上げて、手に入れたことですし、
 長くはないけれど、気付いたことや思うところをあれこれ記してみたいと思います。(と、前置きを書いているうちに長くなっている。)

 まずは、食の安全と食料問題について。
 それも、遺伝子組み換え作物について。

 TPP(環太平洋戦略的経済連携協定)協議参加問題が佳境を迎えていますね。
 テレビを中心に最近の報道を見ていると、TPP参加で遺伝子組み換え食品の表示義務が変わる恐れがある、とまくし立てています。
 米国が自由貿易上の不利益を理由に、日本にある遺伝子組み換え作物使用表示の義務の撤廃を求めてくる、というもの。
 だからTPP参加には反対、と叫ぶ人たちも居るそうです。
 だけど、その議論は少しおかしい。(と、ぼくは思います。)

 例えば、大豆。
 スーパーなどに行って、豆腐や納豆などの大豆原料の食品を手にすると、
「遺伝子組み換え作物は使用していません」旨の表示をよく目にします。
 実は、遺伝子組み換え作物の<使用>の表示義務はあっても、
 <未使用>の表示義務はありません。こっちのほうはメーカーの任意。
「遺伝子組み換え作物は使用していません」というのは、そうしたほうが売れるから、売り手の側が勝手に表示しているだけなのです。
 ただし、この場合でも「5%ルール」というものがあって、
 使用している大豆の中に遺伝子組み換え作物が混入していたとしても、
 5%未満なら「使用していない」と表示してもいいことになっています。
 納豆なら100粒中5粒、20粒中の1粒が遺伝子組み換え作物の可能性があるということ。
 そもそも、こうしたルールができたのも、ものすごく大雑把に言って、
 日本の大豆の8割が米国からの輸入に頼っていて、
 米国では作付の9割が遺伝子組み換え大豆。
 だから、どうしても混じり込んでしまう可能性があって、厳密に区分けができないからなのです。
 また<使用>の表示義務があるのは、加工によっても大豆のDNA組織が残るものに限られています。
 ですから、現時点でも醤油やサラダオイルには、ばんばん遺伝子組み換え大豆が使われているのです。それも表示義務がないままに。
 まして、酪農飼料に使われる大豆やトウモロコシはほとんどが米国を中心とした輸入で賄われ、遺伝子組み換え作物がほとんどと考えていいでしょう。
 現行の食料供給体制下でも、遺伝子組み換え作物は避けては通れない状況なのです。

 義務でもないのに<未使用>を表示アピールすることで商品が売れているのですから、
 仮に<使用>の表示義務がなくなっても、商売優先で考えれば、どんどん遺伝子組み換えでない大豆を買い集めて、少しばかり高くたって、<未使用>製品をアピールして売った方が儲かるに決まっています。
 そのために、日本の企業や商社はたった1割しかない米国の遺伝子組み換えでない大豆を求めて四苦八苦。
 米国の農家も心得ていて、遺伝子組み換えでない大豆を作ったほうが、手間はかかるけど、わざわざ日本が高く買ってくれるから、毎年生産するんですね。
 商売としての農業、強い農業の実態がここにあります。
 TPPによって関税が撤廃されると、遺伝子組み換えでない大豆も安くなって大助かり。
 いや、それどころか、国産大豆こそ遺伝子組み換え作物でないものに特化して増産を推し進めれば、日本人が遺伝子組み換え作物への抵抗感を失わない限り、需要は伸びて日本の大豆農家も儲かる、というもの。
 自由市場競争の原点はここにあります。
 それを何でも横並びであることが正しいように(まして、遺伝子組み換え作物の安全性は否定されていないのに)、表示義務がなくなるからTPP参加反対と叫ぶのは、ちょっと的外れな気がします。
 それをそのまま垂れ流す報道もいかがなものでしょうか。


この日に

 こうした場所で、自分の仕事のことを書くのはどうかとも思うのですが(その理由やこのブログを立ち上げた理由は最初に書きました)、しみじみ考えさせられることがあったので、ちょっとだけ触れます。

 いま発売の「週刊文春」(2011年11月10日号)に、ぼくの書いた記事が載っています。
 前々号に引き続き、ぼくたちが実際に食べる魚の放射能汚染について、独自の実験調査を行ったものです。海で働く人たちの現場も観てきました。
 8月にも食品全般の汚染調査を行ったのですが、今回は特に魚に限ったのは、海洋汚染の実態も知りたかったからです。
 実験計画はすべてぼくが立てました。
 食品全般の検査からはじまって、海産物の検査となると、魚を捌くところからはじめなければならなかったので、たいへんな手間がかかりました。
 だけど、誰かさんのように〝嘘〟と〝曲解〟で人を欺くような愚かな真似だけはしたくなかったので、どれだけの手間がかかっても、慎重に、そして正確さを大切にしました。
 とても一人だけの力ではできなったので(やったとしてももっと膨大な時間がかかったでしょう)、編集部からアシスタントをつけていただきました。
 文藝春秋に、この春に入社したばかりの新人編集者で、まさか彼も大学を出て出版社に勤めて、魚を捌くことになろうとは思ってもみなかったでしょう。
 早稲田大学卒業。22歳。社会人1年目。……ということは、あの斎藤佑樹投手とまったくの同期。本人に確認すると、
「ああ、そうですよ」
 と、あっさり。
 ということは、東北楽天のマー君こと田中将大投手や、広島のマエケンこと前田健太投手、巨人に入団していきなり日テレの女子アナと婚約しちゃった澤村拓一投手、はたまた早稲田から広島に入団した福井優也投手(個人的には一番応援しています!)と同世代。つまりは〝ハンカチ世代〟になるわけです。

 ちょっと前まで、平成生まれが成人式を向かえたということで、不思議な気分になっていましたが、彼らは昭和最後の1年から平成最初の春にかけて生まれて来たことになります。
 そういえば、昭和から平成に変わったのは、ぼくがまだ早稲田大学に在学していたときのことでした。
 その平成になって最初の年に、坂本弁護士一家が失踪するという事件が起きました。それから7年が経って、すべてはオウム真理教による一家殺害と死体遺棄であったことが明らかになるのでした。
 ……と、いうことは!?
 そこまで考えて、不意に思い当たりました。
 ひょっとして、坂本堤弁護士と妻・都子さんの長男・龍彦ちゃんと同じ世代ということになるのかな!?
「ああ、そうですよ」
 彼に話しかけてみると、これまた、あっさり。
「龍彦くんが生きていれば、ぼくと同じ歳になりますよ」
 それを聞いて、なんだか妙な感慨が走りました。
 これまでにも、坂本事件についてはいろんなところで書いてきましたが、ぼくの頭の中ではずっと1歳のままの龍彦ちゃんしかありませんでした。
 死んでしまえば、それから永遠に歳をとることはなくなります。
 生きていれば、龍彦くんは斎藤佑樹投手やマー君と同じ歳のまさに〝ハンカチ世代〟。ぼくの目の前にいる新人編集者のような青年になって、バリバリ仕事をこなしていたんですね。
 オウム真理教というところは、こうした若者の大切な未来を奪ってしまった。
 それと同時に、時間の流れの偉大な力を実感した瞬間でした。
 だからこそ、なのです。
 次世代、この若い世代に誤った見識を伝えてはならないのです。

 坂本事件を含めて「弟子の暴走」論を主張するのも結構ですが、虚偽の事実と歪曲で塗り固められた書物を、素晴らしい! と賞賛して賞を与えてしまうなんて、やっぱりどうかしています。異常です。
 ノンフィクションを標榜するからには、嘘は絶対にいけません。
 それを講談社という巨大組織が授賞に値する作品と持ち上げ、この次世代の若者たちが虚偽事実を、真実であると信じてしまう。
 麻原章晃を最終解脱者だと持ち上げて権威付けしてしまった弟子たちがいて、そこに惹きつけられて教団に入信した若者が、どのような末路をたどったでしょうか。
 意図的な嘘までちりばめた誤った歴史認識、虚偽事実を絶賛して後世に残すなんて、それが出版社の役割でしょうか。
 まして、この一連のオウム事件は多くの人の命を奪っています。
 深夜にアパートに押し入り、就寝中の家族3人を抹殺する。そこには当時1歳だった龍彦ちゃんもいた。襲われる両親の異常に気付き、泣き出した1歳の子どもの鼻孔を塞いで窒息死させる。
 そして遺体は、長野、新潟、富山の冷たい山の中に離ればなれに埋める。7年もの間、誰にも知られることなく……。
 その現実から目を背けて、挙げ句に嘘を並び立てて、何がノンフィクションなのでしょうか。

 奇しくも、今日は11月3日です。
 祝日であることも忘れた実行グループが、勤務先から帰るはずのない坂本弁護士を路上で待ち構えていた日です。
 そして、日付を越えた午前3時に、坂本弁護士の自宅に押し入るのでした。
 22年前のことです。22年前のこの日に、龍彦くんは亡くなりました。彼のお父さんも、お母さんもいっしょです。
 ご遺族の方々は、毎年この日をどんなお気持ちで迎えるのでしょうね。

 妻・都子さんの実父でいらっしゃる大山友之さんは、かつてぼくのインタビューにこんなことを話しておいででした。
 大山さんは終戦を小学生の時に迎えたそうです。
 それまで、ある朝の朝礼で校長先生が「ぼくが『死ね!』といったら、君たちはお国のために死ぬんだ!」と息巻き、それで大山さんたち生徒もその気になって、昂揚していたと言います。
 ところが、敗戦と同時に、その同じ校長がこう言ったそうです。
「これからは民主主義の世の中だ。君たちが民衆主義の船を漕ぎ、舵をとっていく時代だ」
 これには参った、と大山さんは言います。
 民主主義と言われても、なにが何だがわからなかった。個人の尊重や権利と言われても、よくわからない。戦後の価値観の大転換。何をどうしていいのかわからない迷い。その迷いの中で、大人になり、結婚をし、やがて子どもを授かった。子どもが生まれて嬉しいことは確かだったが、それよりも心配が先にきた。
 この子どもたちに、何を教えたらいいんだろう。
 どうやって育てていけばいいんだろう。
 はっきり言って子育てが怖かった……。
 それから、事件が起きて、娘家族を殺した相手の裁判を見るようになった。
 自分の権利とか、意志だとか、そういったものばかりを大きく取り上げてしまい、周囲にも同じように自分の意志や権利を大切にする人がいることを、気付かずに振る舞うオウム信者の態度を見ながら、感じたと言います。

「オウムの信者を見ていると、自分らが育てた子どもらの世代。
 結局、自分たちの子育てが失敗したかな……」

 そんな胸の内を語ってくださいました(テレビドキュメンタリー『虚像の神様〜麻原法廷漫画〜』に収録されています)。
 自分の子どもを殺した相手をして、そこまで考える遺族の姿に、深く胸打たれました。いま思い出しても、ちょっと涙が込み上げています。

 やはり、誤った事実が賞賛されて後世に残っていく、この取り返しの付かない事態が、悔やまれてなりません。

 目に見えない放射性物質は、確実に海の魚たちに浸透していました。
 それをぼくたち人間が食べて、汚染されていくことは想像に難くありません。
 健康被害がどう生じるか、それも定かでありません。
 それと同じように、ノンフィクションの世界でも、目に見えないおかしなことが起こっていて、それがひたひたと現実世界を犯していくように思えてなりません。
 せめて〝龍彦ちゃん世代〟の若い人たちには、大切なものを見誤っては欲しくない。
 そう強く思う、今日この日でした。

プロフィール

あおぬまよういちろう

Author:あおぬまよういちろう
【青沼陽一郎】
「ジャーナリスト」(週刊文春・週刊新潮)と呼ばれたり、
「ノンフィクション作家」(週刊現代)と呼ばれたり。
 日本文藝家協会・会員名簿には「作家・ジャーナリスト」とある。
 著書に『池袋通り魔との往復書簡』『オウム裁判傍笑記』(小学館文庫)『食料植民地ニッポン』(小学館)『裁判員Xの悲劇』(講談社)『私が見た21の死刑判決』(文春新書)『帰還せず-残留日本兵六〇年目の証言-』(新潮文庫)など。
 映像ドキュメンタリーに『虚像の神様〜麻原法廷漫画〜』シリーズ。

ぜぜ−ひひ【是々非々】
 よいことはよい、悪いことは悪いと公平な立場で判断すること。
「 是を是とし非を非とす る、之を知と謂い、是を非とし非を是とする、之を愚と謂う」『荀子』修身より

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR