腐った蜜柑

 もう! 大馬鹿じゃないの!? と吐き捨てたくなることを発見したので、ここに書き記しておきます。

 開高健ノンフィクション賞というものがあります。
 この選考委員に森達也という人が、今年からなっています。

 開高健ノンフィクション賞

 森達也という人は、このブログでもどんなことをしている人なのか、
 そして、彼の描いた『A3』が講談社ノンフィクション賞を受賞するにあたって、どれだけの問題があるのか、抗議までしてきているのに、
 よりによってその人物を選考委員にするなんて、もはや常軌を逸した行為としかいいようがありません。
 ノンフィクションは嘘をついてもいい、と組織だって認めているのと同等です。

 開高健さんだって泣いているのではないでしょうか。
 米原万里さんに「破廉恥な捏造」まで指摘されている人物が、賞を選考する側にまわるなんて!

 ノンフィクションについて、ある出版社の幹部の方とお話していて気が付いた次第ですが、
 あらためて、ここまで土壌が腐っているとは思いませんでした。
 ノンフィクションを滅ぼすつもりでしょう。
 こんな世界で「ノンフィクション作家」なんて呼ばれるのは、もはや恥ずかしい。蔑みの代名詞になる。そのうち放送禁止用語になるのではないでしょうか。
(因みに、テレビの世界では森達也氏の映像作品ですら取り上げませんね。どうしてでしょうか。よく考えてみてください。)

 この期に及んで、「腐った蜜柑」を思い出します。
 金八先生(武田鉄矢)のいうところの「腐った蜜柑の方程式」といっしょ。
 蜜柑箱に1つ腐った蜜柑を放り込むと、他の蜜柑まで腐っていく。
 終いには蜜柑箱全体が腐ってしまう。
 講談社の犯した罪は大きい。
 本当に廃退する世界の現状でしょうね。

 ノンフィクションを名乗って歴史を改竄するなんて、
 本当にこの国の文化を滅ぼす最悪の行為です。
 優秀な人材が集まらないから、こうした輩を持ち上げてしまうのでしょうか。
 だとしたら、そんな場所に頭のいい人間が参集するでしょうか。
 業界衰退のスパイラル。見巧者なき世界。

 みんなこのノンフィクション賞に夢をもって応募するのでしょうが、
 未来なんてあるのでしょうか。
 森達也氏と並んだ選考委員も、所詮同じような人たちなんてしょうね。
 そう見られても仕方ない(少なくとも、ぼくはそう眺めます)。

 そんな世界で、腐らずに、誠実に生きるなんて無理です。

 生きることすら、ばからしい。



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小沢一郎公判 被告人質問について

 今朝の産経新聞に、ずっと傍聴取材を続けてきた小沢一郎公判についての「傍聴記」を寄稿させていただいています。

 それと関連して、ちょっとヘンだな、と思うことを述べておきます。

 昨日、一昨日と被告人質問でしたね。裁判の最大のヤマ場だと報じられていました。
 大手マスコミは、この注目点、被告人質問のポイントを、

 「世田谷区深沢8丁目の土地購入のために小沢被告が自ら供出した4億円の原資」

 と報じていました。

 NHKの夜7時のニュースでも、まずはこの4億円の出所をポイントとして挙げ、2番目に元秘書との共謀の有無を指摘していました。
 その後の報道でも、被告人質問で4億円の原資が明らかにならなかったことを否定的に取り上げるメディアもあります。

 だけど、4億円の原資、このお金がどこから小沢さんの手元に渡ったのか、なんて、この裁判の争点でも何でもありませんから。
 あくまで裁判のついでの話、副産物として出てくるオマケの話です。
 公判で深く追及するようなものではありません。
 もちろん、この4億円が不正なお金だとしたら、大問題ですが、それは検察だって詰め切れなかったところです。
 この裁判は政治資金規正法違反、収支報告書に嘘の記載をした、ということが罪に問われています。
 従って、一審で有罪判決を受けている元秘書たちとの共謀が認められた時点で、小沢被告は有罪になる可能性が高く、政治生命の危機的状況にあるはずです。
 刑事事件として訴追する側も、被告人を護る側からしても、4億円の出所どころの話じゃない。

 事件のダイナミズムからすれば、政治資金規正法違反、それも収支報告書の不実記載なんて、小さな話になっちゃうのでしょうが、有罪は有罪。
 話を大きくしたくて、あるいは政治とカネの問題、政治家としての根幹に話を膨らませたくて、4億円の原資なんて話をイの一番に取り上げたのでしょうが、

 裁判の報道としては的確性を欠くものだと思います。

 オマケを主役の話にしてしまうから、混乱する。
 情報が正しく伝わっていない。
 マスコミが無理に煽っている。
 やり過ぎ。
 そんな気がしています。

 ただし、
 4億円もの現金が常に手元においてあった、という小沢さんのいうところにも、ちょっと首を傾げたくはなりますが。


平田信の出頭に纏わること

 平田信容疑者の出頭は驚きでしたね。
 ブログの更新ができないほどに年末年始は(そして、いまも)忙しかったのですが、これだけは無視して通れませんね。
 今日の午前中に、フジテレビ『知りたがり!』という番組に出演させていただいて、このことについて解説させていただいてきました。
 番組のゲスト席に、新潮社の中瀬ゆかりさんがいて、これまたびっくりでした。

 それにしても、滝本太郎さんは大忙しですね。
 森達也著『A3』が第33回講談社ノンフィクション賞を受賞したことについて、いっしょに講談社に抗議文を送った弁護士さんです。(詳細はこのブログの立ち上げを参照してくたさい。)
 出頭、逮捕された平田信容疑者に接見に行って、毎回報道関係者に囲われています。
 平田信容疑者が滝本太郎さんとの接見を望んだそうですが、このまま刑事裁判の弁護人も務めるのかな?
 コンフリクト(利益相反)の可能性もあるんじゃないのかな。
 それでも、年明け早々から毎日接見に通われる姿には頭が下がります。

 平田容疑者が滝本弁護士との接見を望んだのは、滝本太郎さんのブログを見ていたからだそうです(このブログにもリンクを貼り付けてあります)。
 滝本さんのブログには、講談社に送った抗議文の全文が載っていますね。
 平田信容疑者も読んだのかな? ……なんて思いながら、滝本さんのブログを覗いてみると、これまた驚きました。

 平田容疑者との接見の最中に、森達也氏のことを痛烈に批判しているのですから。
 批判の対象は、森達也氏ご自身のホームページに、今年1月1日に掲載した「巻頭コラム」。
 一読してみて、ぼくも唖然としました。
 完全に思考が壊れています。

 滝本さんの指摘されていることと重複になりますが、
 森達也氏のホームページ「巻頭コラム No.145」には、以下のような記載があります。

弁護士とか漫画家とか、襲撃された被害者でありながら、 そのコメントがその肩書とともに消費された人は大勢いた。 その帰結として被害者感情が全国民レベルで共有された。 こうしてオウム以降、厳罰化が激しく進行し、麻原法廷は一審だけで死刑が確定するという異常な事態になった (多くの人は異常とは認識していないけれど)。

 裁判がまともに行われないのだから、麻原がなぜサリンを撒けと命じたのか、 その動機や理由がわからない。だからこそ不安や恐怖が刺激される。 だから善悪二元化が進行し、厳罰化はさらに促進される。・・・こうして負のらせん構造に、 1995年以降のこの国は陥った。

「巻頭コラム No.145」より

 そもそも彼が講談社ノンフィクション賞を受賞した『A3』では、一連のオウム事件は「弟子の暴走論」を主張するものです。

 *****************************************************************
 連載初期の頃、一審弁護団が唱えた「弟子の暴走」論について、僕は(直観的な)同意を表明した。二年半にわたる連載を終える今、僕のこの直観は、ほぼ確信に変わっている。ただし弟子たちの暴走を促したのは麻原だ。勝手に暴走したわけではない、そして麻原が弟子たちの暴走を促した背景には、弟子たちによって際限なく注入され続けた情報によって駆動した危機意識があった。
  *****************************************************************
『A3』458ページ

 彼のいうところの、まともに裁判が行われていたら、弁護団の唱えた通りに「弟子の暴走」論が認められて、麻原死刑囚は無罪になったはずです。

麻原がなぜサリンを撒けと命じたのか、 その動機や理由がわからない。」

 ……って、そもそも麻原が命じちゃっていたら、弟子の暴走じゃないじゃないですか!
 麻原死刑囚は有罪じゃないですか!
 まして、抗議文でも指摘していますが、動機や理由は判決で明らかになっています。

「裁判がまともに行われない」なんて言うけれど、まともにオウム裁判を取材したこともないでしょうに……。

 まともに取材したこともないから、どうして麻原裁判が一審で確定したのか、事情もわからずに、こんな頓珍漢なことを書く。
 挙げ句にこんなコメントも。

平田は長官狙撃事件など、いくつかの謎のカギを握るキーパーソンの可能性があると言われている (僕はその可能性は薄いとは思うけれど)。ならばじっくりと取り調べて裁判を適正に行うことは当たり前だ。 それは彼らのためではなく、僕らのためなのだ。

「巻頭コラム No.145」より

 いったい何をして、裁判の適正を語っているのか、よくわかりませんが、
 この人は肝心のことをわかっていないようですね。
 国松元警察庁長官狙撃事件は、すでに時効が成立していて、じっくり調べたところで、裁判にはなりませんから!

 ただ……
 たまには森達也氏も、名言を吐くなあ、と感心させられることがあります。
 彼のツィッターには「メディアの劣化はますます進んでいる」なんていう囁きもありました(1月1日)。
 なるほど、確かにその通りだと思います。実感します。
 でも、それは、滝本太郎さんも指摘しているように、
 『A3』のような作品に賞を与え、
 その著者のように、事実を無視し、歴史を改竄し、意味不明の言葉に酔うだけの、論理破綻の妄想を語る人を、いまだに取り上げているメディア媒体があるからだ!

   と、ぼくは思うのです。


プロフィール

あおぬまよういちろう

Author:あおぬまよういちろう
【青沼陽一郎】
「ジャーナリスト」(週刊文春・週刊新潮)と呼ばれたり、
「ノンフィクション作家」(週刊現代)と呼ばれたり。
 日本文藝家協会・会員名簿には「作家・ジャーナリスト」とある。
 著書に『池袋通り魔との往復書簡』『オウム裁判傍笑記』(小学館文庫)『食料植民地ニッポン』(小学館)『裁判員Xの悲劇』(講談社)『私が見た21の死刑判決』(文春新書)『帰還せず-残留日本兵六〇年目の証言-』(新潮文庫)など。
 映像ドキュメンタリーに『虚像の神様〜麻原法廷漫画〜』シリーズ。

ぜぜ−ひひ【是々非々】
 よいことはよい、悪いことは悪いと公平な立場で判断すること。
「 是を是とし非を非とす る、之を知と謂い、是を非とし非を是とする、之を愚と謂う」『荀子』修身より

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