真っ当に生きるということ

 今週発売の写真週刊誌『FLASH』に、柳原三佳という人の寄稿した記事を見つけました。
 交通事故問題をテーマにしている人のようですが、
 数年前にも『週刊文春』に寄稿している記事を読んで、
 その内容のお粗末さに失笑(大爆笑)したことがあります。
 おそらくこの人はちゃんと取材のできない人だと思っています。

 この柳原三佳という人、
 もう10年近く昔のことになりますが、
『週刊朝日』に出鱈目もいいところの捏造記事を掲載したことがあります。
 詳細は、当時文藝春秋から刊行されていた『諸君!』に載っていますが、
 その経緯と裏事情をお話すると、

 その当時、ぼくも『週刊朝日』には記事をよく寄稿していました。
 Oさんという人がいわゆる担当デスクで、よくしていただいていました。
 あるとき、Oさんから電話がかかってきました。
 柳原三佳という人の書いた記事に登場する交通事故被害者家族と、連絡をとってみてくれないか、というものでした。

 たまたま、ぼくが『週刊文春』に交通事故と警察官をテーマにした記事を寄稿していたことがあって、
 それを読んだ交通事故被害者がぼくと話をしたがっているということでした。
 件の交通事故被害者の父親も元警察官でした。

『週刊朝日』編集部からの依頼でもありましたので、
 ぼくは真面目にその被害者に電話を入れてみました。
 ですが、よく要領を得ないところもありましたので、
 その交通事故の捜査資料の提供を受けて、
 ぼくがその内容を検証してみることになりました。
(そんなことをするつもりも、必要もなかったのですが、『週刊朝日』の編集部からの依頼であったことと、被害者からの懇願に同情したことがいけなかったのかもしれません。)
 それで、柳原三佳という人の書いた記事が事実と違うことを見つけてしまったのです。

 さて、トンでもない事実を知ってしまったからには、どうしたものでしょう。
「あそこに書いてある記事は虚報だぞ!」と、ライバル他誌に売り込んだり、声を荒立てるほど、ぼくもバカではありません。
 ぼくはそっと担当デスクだった(同時に今回の経緯の起点となった)Oさんに事態をお話しました。
 証拠の資料も提示したはずです。
 すると、しばらく経ってOさんから電話がかかってきました。
「俺のほうではどうにもならないので、記事をまとめた担当デスクとあって直接話をしてくれ」
 それで、ぼくの前に登場して来たのが鈴木健という人でした。
 時間をとってOさんと3人で会い、話をして、事情を説明しました。
 編集部では、記事の根源となった捜査資料も再検証したはずです。
 それで鈴木健というデスクからぼくに返ってきた答えが、
「今回の件は別としても、警察の交通事故捜査なんていい加減なものなのだから、嘘を書いたっていい」
「こういうことをわざわざ指摘する、あなたのほうがおかしい」
 驚天動地でした。

 当時の『週刊朝日』の編集長は加藤明という人でした。
 この人も平気で裏切る人でした。
 東電OL殺害事件の控訴審判決で原稿の執筆の依頼が編集部からあたっとき、
 それまで『週刊朝日』では佐野真一さんがこの事件の連載をしていたこともあって、
 ぼくのほうから「佐野さんは大丈夫なの?」と心配して尋ねたことがあります(得てしてライターには、自分のカテゴリーを侵されることを嫌う人も少なくありません)。
 そのとき「大丈夫だ」「今回は佐野さんには書かせないから」「あなたでいくから」と約束したはずでした。
 ところが、控訴審判決が逆転有罪となったところで、編集部は佐野さんに原稿を依頼すると言い出した。
 ぼくには書かせない、という。
 その時もOさんから電話がかかってきて、ぼくとの約束を反故にすることについて編集長から事情を説明するといわれて、電話口にでた加藤編集長はこういったのです。
「そんな約束、俺はした覚えがない」
 さすがにこの時は、向こうで電話を聞いていた編集部の人たちも意見したらしく、
「編集部員の約束を知らないという上司なんているか?」「だったら編集長がひとりで雑誌をつくればいい」となって、
 結局、3ページを佐野さんとぼくとで折半して原稿を書くという、おかしな掲載になって落ち着いています。(確かめてみてください。)
 信用のできない人でした。

 話をもとに戻すと、
 事を荒立てるつもりもなく、こっそり内部告発したつもりが、編集部から「おまえのほうがおかしい」といわれてしまったのでは、話にもなりません。
 記事を書く倫理にも問題がある。
 その一方で、交通事故被害者を騙して、あえて嘘の報道をしている可能性も否定できない。
 そこで、朝日新聞社長室付(当時)だった「報道と人権委員会」に宛てて手紙をしたためました。
 ところが「報道と人権委員会」は、それを編集部に差し戻す始末。
 そこから文書ではじまる『週刊朝日』編集部とのやりとりが、『諸君!』に掲載された次第です。
 一応、編集部も記事が事実と違っていたことは認めています。

 もっとも、編集部から依頼があって、取材対象者と連絡をとり、掲載済み記事の誤りを伝えた時点で、
 毎週送られていた『週刊朝日』の送本はパッタリと止みました。
 関係を絶ちにかかったのです。
 以来、編集部との会話もなくなりました。
 もちろん、ぷっつりと仕事もなくなりました。
 それどころか、「青沼と仕事をすると揉める」とまで陰口をたたかれているのを同業他誌の編集者から聞き及びました。

 いまでも『週刊朝日』の記事は信用に値するのか疑問に思っていますし、
「内部告白者の人権擁護」などという言葉を朝日新聞の紙面で見かけると、
 鼻で笑ってしまいます。
 酷いものです。
 朝日新聞ふうにいえば、仕事をする機会を奪われたのですから、生きる権利の否定です。
 仕事をしたければ不正や嘘も見逃せ、というのであれば、自己否定です。
 もはや異常です。それがずっと続いているのです。

 ただ、『週刊朝日』側には後日談があります。
 当時の加藤明編集長のあとを、よりにもよって、鈴木健デスクが引き継ぐことになりました。
 それもびっくりだったのですが、
 鈴木健という人は編集長就任から間もなくして、
 拉致被害者だった地村保志、富貴恵夫妻の取材内容を勝手に録音し、
「単独インタビュー」と掲載して猛抗議を受け、誌面で謝罪し、
 定職10日間の処分を受けています。
 編集長が定職だなんて、あり得ないでしょう(普通なら解任です)。
 この時も鈴木健という人は「相手の承諾を得たものと理解している」などと、当初は言い張っていました。

 編集長の職を離れた加藤明元編集長は、朝日新聞夕刊の「素粒子」に、
 死刑執行を相次いで裁可していた鳩山邦夫法相(当時)を、
「死に神」と書いて物議を醸しました。

 それになによりこのふたり、
 武富士からグラビア企画の編集協力費5000万円を受け取りながら社名を一切公表しなかったこと、つまり、武富士から〝裏金〟を受け取っていた問題が発覚して、処分されています。

 やっぱり、どこかおかしな人たちだったんだろうなぁ、と思います。

 そんな中で、いちばん哀しかったのは、
 以来、連絡を取れなくなってしまった担当デスクだったOさんが、
 一昨年「アサヒカメラ」の編集長時代に、
 自殺してしまったことです。

「あおちゃんは、真っ直ぐだからな……」
 よくそういわれていたのを思い出します。

 真っ直ぐ、真っ当に生きるって、よほどたいへんだったのでしょうね。
 決して、ぼくだって、真っ直ぐ、真っ当に生きているわけではないのに……




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プロフィール

あおぬまよういちろう

Author:あおぬまよういちろう
【青沼陽一郎】
「ジャーナリスト」(週刊文春・週刊新潮)と呼ばれたり、
「ノンフィクション作家」(週刊現代)と呼ばれたり。
 日本文藝家協会・会員名簿には「作家・ジャーナリスト」とある。
 著書に『池袋通り魔との往復書簡』『オウム裁判傍笑記』(小学館文庫)『食料植民地ニッポン』(小学館)『裁判員Xの悲劇』(講談社)『私が見た21の死刑判決』(文春新書)『帰還せず-残留日本兵六〇年目の証言-』(新潮文庫)など。
 映像ドキュメンタリーに『虚像の神様〜麻原法廷漫画〜』シリーズ。

ぜぜ−ひひ【是々非々】
 よいことはよい、悪いことは悪いと公平な立場で判断すること。
「 是を是とし非を非とす る、之を知と謂い、是を非とし非を是とする、之を愚と謂う」『荀子』修身より

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