誕生日のお祝いメッセージをくださった方々へ

麻疹の呪縛と誕生日
 今日はぼくの誕生日でした。
 お祝いメッセージをくださった方々、どうもありがとうございます。
 因みに、この日は、明治天皇の崩御の日であって、東條英機の誕生日といっしょです。ちょっと複雑な気分になります。

 誕生日といえば、24歳を迎えた日。
 ぼくは生まれてはじめての入院を体験して、退院する日と重なっていました。
 いい歳をして、麻疹に罹って入院していました。

 成人してから麻疹を発病すると、重症化して後遺症が残る恐れがあります。
 ちょうど大学で公衆衛生学を学んでいて、
 ああ〜、ぼくは麻疹をやっていないんだなあ〜……
 と、よくよく教科書の麻疹の項目を読み込んでいました。
 それがちょうどテストに出て、成績がよかったことも覚えています。
 不幸にも、幼い頃に予防接種も受けさせてもらえていませんでした。

 当時の教科書によると、後遺症は発症した年齢と同じ年月が過ぎるまでは、いつ現れてもおかしくはない、とありました。
 それまでは、常に後遺症の危険性と隣り合わせ。
 脳に障害が残ることもあります。
 突如として麻疹に罹患したように、まあ、後遺症の発現もある程度は覚悟していたのですが……。

 それが、本日の誕生日を迎えたことで、ようやく麻疹後遺症の呪縛から解き放たれることになりました。
 ぼくにとっては、意味のある特別な誕生日でした。

 あらためて、お祝いのメッセージ、ありがとうございました。

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『週刊現代』の捏造報道について

 今週発売の『週刊文春』(7月21日号)に、

【「『週刊現代』医療記事はねつ造だ!」取材先から抗議噴出】

 という大きな見出しの記事が載っていました。
 『週刊現代』が7週続けて連載している医療関係の特集記事が〝捏造〟であることを指摘するものでした。
 その内容に、取材先からの不満や抗議が噴出しているそうです。

 現在の『週刊現代』の編集長というのは、かつて『僕はパパを殺すことに決めた』という著書の担当編集者だった人物。
 この本は、2006年に奈良県で当時16歳だった少年が自宅に放火して継母と異母弟妹の3人を殺害した事件を題材にしたものですが、その内容から少年の精神鑑定の内部資料が情報源になっていることがあからさまになって、鑑定医が秘密漏示の罪で起訴され、有罪判決を受けています。その取材手法が大きな問題になりました。

 個人的にも、以前は担当していただいたこともあったのですが、雑誌掲載企画を反故にされたり、トラブル処理を巡って人間性を疑うところがあって、距離を置いています。あの時は、酷い思いをしました。

 やはり同じ罪を繰り返すのでしょうね。
 さもありなん、というところです。

 実は、この編集長の夫人が『週刊文春』の編集部にいました。
 それが人事異動で編集部から抜けた最初の号で、この記事の掲載です。
 いろいろ事情があったのでしょうね。
 あまりのタイミングに、笑ってしまいました。

「若者は選挙に行くな」という森達也こそFAKEである理由

 森達也の撮ったドキュメンタリー映画『FAKE』を観た、という友人からとても短いメールが届きました。

「森達也のfakeを見た。茶番だな。」

 それだけでした。
 このブログでも繰り返してきたように、これまでの森達也の手法からして、どうせ嘘とインチキ、誤魔化しと都合の悪いことの黙殺のオンパレードだろうと思って、のぞいて見る気にもならないのですが、案の定というべきか、辛辣な論評がありました。

「残酷なるかな、森達也」- 神山典士(ノンフィクション作家)
http://lite.blogos.com/article/178313/


 それどころか、ちょっと驚いたのですが、選挙権が18歳までに引き下げられたことに関連して、森達也は「若者は選挙に行くな」という主旨の発言をしています。
 まあ、その理由というのがなんとも……。

 原典はこちら。
http://wpb.shueisha.co.jp/2016/07/06/67558/

 これにはネット上でも論評があります。
 目についたものをリンクしておきます。

http://lite.blogos.com/article/182777/
http://lite.blogos.com/article/182719/
http://togetter.com/li/996955


 この森達也という人は、自分が賢いと思っているのでしょうか。
 どうして、単純な思考の欠落に気が付かないのでしょうか。

 もっとも、ぼくや滝本太郎さんを批判した原稿掲載誌をわざわざ送りつけておきながら、事実に誤りがあるから反論掲載を申し出ても拒否する人物です。もはや悪質です。

 経緯の詳細はこちら。
http://aonumazezehihi.blog.fc2.com/blog-entry-138.html
http://aonumazezehihi.blog.fc2.com/blog-entry-145.html

 民主主義の根幹を否定しています。
 こんな人物が大学で教鞭をとっていていいものでしょうか。
 しかも専門は「ジャーナリズム論」というのですから、噴飯ものです。


「出版ADR」駆け込み第1号の蹉跌 〜「文藝家協会ニュース」より

 ぼくは、日本文藝家協会の会員です。

 日本文藝家協会では定期的に会員向けの「文藝家協会ニュース」を発行しているのですが、その「6月号」(2016年6月30日発行)にぼくの投稿が載っています。

※画像はクリックすると拡大します。
文藝家協会ニュース
「出版ADR」駆け込み第1号の蹉跌①
「出版ADR」駆け込み第1号の蹉跌②



 その文章をここに掲載します。

VOICE「出版ADR」駆け込み第1号の蹉跌

 結論からいうと、役に立たない、というより、存在意義がない。
 昨年の11月に、ようやく運営がはじまった『出版ADR』である。
 ADRとは、日本語では「裁判外紛争解決手続き」と呼ばれる。
 日本では、「裁判沙汰」という言葉がネガティブなイメージで受け止められるように、裁判(民事)を極力避けたがる傾向にある。時間も労力も、費用もかかる上に、モノ書きが出版社を提訴して、例え勝訴したとしても、その後の関係は修復し難い。
 加えて、規制を取っ払い、自由市場主義の定着を目指した一連の構造改革は、そこで多発するトラブルを米国並みに、司法によって解決させることを求めた。司法制度改革が一体であったのもその為だし、そこで裁判所の負担緩和にADRが派生してきた。
『出版ADR』は、直接的には、昨年1月の著作権法改正に伴う国会の付帯決議で、設立が求められていた。日本文藝家協会、日本ペンクラブ、日本漫画家協会など著作者団体11団体と、書協、雑協、日本出版者協議会の出版社団体3団体が設立社員となり、代表理事に作家の浅田次郎氏、副代表理事に漫画家の里中満智子氏が就任し、設立された。出版契約上のトラブルを、裁判沙汰にせず、和解調停を斡旋して解決することが目的だった。
 日本文藝家協会の助言もあって、この機関を利用してみた。私の懸案が、ここで取り扱った第1号になる。
 私の場合、立て続けに2件のトラブルがあった。ひとつはS社の総合週刊誌、もうひとつはK社の女性週刊誌で、いずれも報酬の未払いに関するものであり、話し合いをしようにも、いずれの担当者も電話にすら応じない。無視を決め込んでいた。まさに、いまにいう「ブラック・バイト」並みの対応だった。いままでにこんな扱いを受けたこともない。社会通念上も信じ難いできごとだった。
 そこで、出版ADRの相談窓口に電話をいれた。相談員が対応する。後日、ADR側が弁護士と話をして、法律的に紛争対象となる事案であることが承認される。相手側に瑕疵が認められるということだ。そこから、和解斡旋をADRに申し込む正式手続きに入る。
 ただし、そこから、こちらがリスクを負うことも説明される。和解調停なので、こちらの思うような解決にならないこともある。決裂することもある。仮に和解に至っても、今後の仕事に支障がでないとも限らない。
 私は迷った。懇意の編集者にも相談した。将来を考えると思い留まるべきか、否か。それでも「後進のためにも」と、協会関係者から背中を押されたことが大きかった。
 正式な手続きを踏んだ。「和解斡旋申立書」に必要事項を記入し、これまでの事情をすべて説明する文書も作った。これをADRの事務局に提出し、手数料として1件に付き1万円+消費税、2件分を指定口座に振り込み、すべての手続きが終了した。
 この瞬間に一抹の期待をかけた自分が愚かであったことを思い知らされるまでに、時間はかからなかった。
 その翌週。出版ADRから1通の封書が届いた。「和解不成立通知書」というもので、そこにいくつかの理由項目が並べられていて、「相手方が不応諾のため」という枠にチェックが入っているだけだった。
 出版ADRの事務局長に事情を尋ねた。こちらの手続きが終了してから、出版社に通知書を送った。数日後、両社から具体的な答弁書もなく、「斡旋を希望しない」という項目にチェックの入った回答書だけが送られてきた。ただ事務的な文書の往来ですべてが終了した。事務局から、席に着くよう積極的に働きかけることも一切なかった。
 これではわざわざ高額を支払って、「アオヌマが御社に不満を持っています」と通知していただいた、それだけのことである。こんな間抜けな話があるだろうか。
 そうであるなら、最初から内証証明を送致する訴訟手続きをとるべきだった。しかし、そうした事態を避けるために設立されたものが、まるで機能していない。ましてや、雑協も設立社員である。
 後進のために、あえて言おう。出版ADRを頼ると、バカをみる。法律上も瑕疵があるわけではないのだが、存在そのものに意味がないのだ。私のように罠に落ちるだけだ。
 また、この問題は、明らかに下請法に抵触する。弁護士を交えてADR側が和解斡旋事案として認めたのも、そこに事情がある。
 下請法については、公正取引委員会と中小企業庁にそれぞれ、相談、申告の窓口がある。中小企業庁においては、無償でADRを実施している。下請法には、報復措置を禁止した条項もある。よほど、最初からそちらに相談したほうがよかった。いま、このような事態に陥ったからには、報復を避ける意味でも、当該省庁に申し出たいところだ。
 だが、私が身を置きたいと望む場所は言論の世界だ。その場所に官公庁が指導や警告という形で介入することが、果たして正しいことなのか、迷いの中にある。

青沼陽一郎〈ジャーナリスト・作家〉


全国で唯一「淫行条例」のなかった長野県と松本サリン事件

 全国で唯一「淫行条例」というものがなかったのが長野県でした。
 隠しても仕方ないので白状しますが、ぼくは長野県の出身です。
 そのぼくが学生時代から〝全国で唯一〟とされていたのですから、その長い歴史が知れるでしょう。
 それが、ついに県会議会で可決され、成立しました。
 7月1日のことでした。歴史的な転換です。

 〝教育県〟とも呼ばれた長野県ですが、いわゆる「淫行条例」がなかった代わりに、住民の力でそうした「淫らな行為」は廃絶されてきました。
 条例可決を伝える朝日新聞には、「県民運動」とも表現されています。

http://www.asahi.com/articles/ASJ715PYFJ71UOOB00N.html

 言い換えれば、不文律の中で大人たちが互いに潔癖を保つことを美徳としてきた県民性とも言えます。
 長野県人は頭が硬い、理屈っぽい、頑固、などとよく言われていたのも(実際にぼくが上京した頃はよくそう言われました)、その一面の現れでしょう。

 ところが、日本で最初にHIV感染者が確認されたのも長野県。
 それも、温泉街に滞在していたフィリピン人女性でした。
 だから、学生時代に友人から、こう言われたことをいまでも覚えています。
「アオヌマ、夏休みは帰郷するのか? お前の田舎は、海外に出るより危ないな、気をつけろよ!」

 いまもそうであるとは思うのですが、全国で唯一、いわゆるソープランドがないのも長野県。
 実は、かつて松本市にソープランドが開業したことがあります。
 ところが、これに地元住民が猛反発。
 デモやらなんやら、ものすごい抗議活動で、すぐに廃業に追い込んでしまいました。その地域から、追い出したのです。
 その模様は、当時の写真週刊誌にも報じられています。

 その近くにあったのが、オウム真理教の松本支部。
 これまたものすごい抗議活動で、追い出そうとしました。
 オウム側は徹底抗戦。
 住民側が支部施設の水道を使えなくしたら、オウム側は井戸を掘って対抗。
 今度は施設に通じる私道の使用を禁止しようと提訴。オウムは反訴。
 訴訟合戦を繰り広げた果てに、これが住民側に有利、敗訴しそうなことを危惧したオウム真理教が、性能実験を兼ねて、裁判官官舎を標的に、猛毒のサリンを撒いたのが、オウム三大事件のひとつ、松本サリン事件でした。

 あの事件から6月27日で22年。
 見てくれだけの美徳では済まない時代になったのでしょうか。


プロフィール

あおぬまよういちろう

Author:あおぬまよういちろう
【青沼陽一郎】
「ジャーナリスト」(週刊文春・週刊新潮)と呼ばれたり、
「ノンフィクション作家」(週刊現代)と呼ばれたり。
 日本文藝家協会・会員名簿には「作家・ジャーナリスト」とある。
 著書に『池袋通り魔との往復書簡』『オウム裁判傍笑記』(小学館文庫)『食料植民地ニッポン』(小学館)『裁判員Xの悲劇』(講談社)『私が見た21の死刑判決』(文春新書)『帰還せず-残留日本兵六〇年目の証言-』(新潮文庫)など。
 映像ドキュメンタリーに『虚像の神様〜麻原法廷漫画〜』シリーズ。

ぜぜ−ひひ【是々非々】
 よいことはよい、悪いことは悪いと公平な立場で判断すること。
「 是を是とし非を非とす る、之を知と謂い、是を非とし非を是とする、之を愚と謂う」『荀子』修身より

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