遺伝子組み換え作物とTPP

 このブログを立ち上げたきっかけがきっかけだっただけに、どうしようかいろいろ考えたのですが、
 いろんな人から〝恨み節ブログ〟だの〝長い〟だの言われたのと、
 どうも、最近の自分のお仕事との関連(それも震災や原発事故関連)を期待して、このブログを訪ねていらっしゃる人も少なくないようですし、
 仕事ならずとも、ちょっと自分でも言及したいことがあったので、
 せっかくブログというアイテムを立ち上げて、手に入れたことですし、
 長くはないけれど、気付いたことや思うところをあれこれ記してみたいと思います。(と、前置きを書いているうちに長くなっている。)

 まずは、食の安全と食料問題について。
 それも、遺伝子組み換え作物について。

 TPP(環太平洋戦略的経済連携協定)協議参加問題が佳境を迎えていますね。
 テレビを中心に最近の報道を見ていると、TPP参加で遺伝子組み換え食品の表示義務が変わる恐れがある、とまくし立てています。
 米国が自由貿易上の不利益を理由に、日本にある遺伝子組み換え作物使用表示の義務の撤廃を求めてくる、というもの。
 だからTPP参加には反対、と叫ぶ人たちも居るそうです。
 だけど、その議論は少しおかしい。(と、ぼくは思います。)

 例えば、大豆。
 スーパーなどに行って、豆腐や納豆などの大豆原料の食品を手にすると、
「遺伝子組み換え作物は使用していません」旨の表示をよく目にします。
 実は、遺伝子組み換え作物の<使用>の表示義務はあっても、
 <未使用>の表示義務はありません。こっちのほうはメーカーの任意。
「遺伝子組み換え作物は使用していません」というのは、そうしたほうが売れるから、売り手の側が勝手に表示しているだけなのです。
 ただし、この場合でも「5%ルール」というものがあって、
 使用している大豆の中に遺伝子組み換え作物が混入していたとしても、
 5%未満なら「使用していない」と表示してもいいことになっています。
 納豆なら100粒中5粒、20粒中の1粒が遺伝子組み換え作物の可能性があるということ。
 そもそも、こうしたルールができたのも、ものすごく大雑把に言って、
 日本の大豆の8割が米国からの輸入に頼っていて、
 米国では作付の9割が遺伝子組み換え大豆。
 だから、どうしても混じり込んでしまう可能性があって、厳密に区分けができないからなのです。
 また<使用>の表示義務があるのは、加工によっても大豆のDNA組織が残るものに限られています。
 ですから、現時点でも醤油やサラダオイルには、ばんばん遺伝子組み換え大豆が使われているのです。それも表示義務がないままに。
 まして、酪農飼料に使われる大豆やトウモロコシはほとんどが米国を中心とした輸入で賄われ、遺伝子組み換え作物がほとんどと考えていいでしょう。
 現行の食料供給体制下でも、遺伝子組み換え作物は避けては通れない状況なのです。

 義務でもないのに<未使用>を表示アピールすることで商品が売れているのですから、
 仮に<使用>の表示義務がなくなっても、商売優先で考えれば、どんどん遺伝子組み換えでない大豆を買い集めて、少しばかり高くたって、<未使用>製品をアピールして売った方が儲かるに決まっています。
 そのために、日本の企業や商社はたった1割しかない米国の遺伝子組み換えでない大豆を求めて四苦八苦。
 米国の農家も心得ていて、遺伝子組み換えでない大豆を作ったほうが、手間はかかるけど、わざわざ日本が高く買ってくれるから、毎年生産するんですね。
 商売としての農業、強い農業の実態がここにあります。
 TPPによって関税が撤廃されると、遺伝子組み換えでない大豆も安くなって大助かり。
 いや、それどころか、国産大豆こそ遺伝子組み換え作物でないものに特化して増産を推し進めれば、日本人が遺伝子組み換え作物への抵抗感を失わない限り、需要は伸びて日本の大豆農家も儲かる、というもの。
 自由市場競争の原点はここにあります。
 それを何でも横並びであることが正しいように(まして、遺伝子組み換え作物の安全性は否定されていないのに)、表示義務がなくなるからTPP参加反対と叫ぶのは、ちょっと的外れな気がします。
 それをそのまま垂れ流す報道もいかがなものでしょうか。


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プロフィール

あおぬまよういちろう

Author:あおぬまよういちろう
【青沼陽一郎】
「ジャーナリスト」(週刊文春・週刊新潮)と呼ばれたり、
「ノンフィクション作家」(週刊現代)と呼ばれたり。
 日本文藝家協会・会員名簿には「作家・ジャーナリスト」とある。
 著書に『池袋通り魔との往復書簡』『オウム裁判傍笑記』(小学館文庫)『食料植民地ニッポン』(小学館)『裁判員Xの悲劇』(講談社)『私が見た21の死刑判決』(文春新書)『帰還せず-残留日本兵六〇年目の証言-』(新潮文庫)など。
 映像ドキュメンタリーに『虚像の神様〜麻原法廷漫画〜』シリーズ。

ぜぜ−ひひ【是々非々】
 よいことはよい、悪いことは悪いと公平な立場で判断すること。
「 是を是とし非を非とす る、之を知と謂い、是を非とし非を是とする、之を愚と謂う」『荀子』修身より

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