悲しいこと〜最後の残留日本兵の死〜

【悲報】最後の残留日本兵が死んだ
 インドネシアの最後の残留日本兵だった小野盛さんが、25日の朝に亡くなりました。

http://www3.nhk.or.jp/news/html/20140825/k10014066951000.html
http://sankei.jp.msn.com/world/news/140825/asi14082513170002-n1.htm
http://www.asahi.com/articles/ASG8T5QGVG8TUHBI00S.html
http://www.jakartashimbun.com/free/detail/19919.html

 これで、ぼくが9年前、戦後60年の夏に出逢った14人の残留日本兵は、誰もいなくなりました。
 本当は、ぼくが知らないだけで、どこかにひっそりと暮らしている元日本兵はもっといるのかも知れませんが、
 でも、少なくともこれでぼくの知る限りの残留日本兵はこの地球上から誰もいなくなってしまいました。
 そして、あの戦争もまた遠くなりました。
 とても、悲しい。

 亡くなられた小野盛さんのことも、拙著に詳しいです。
 北海道生まれで、志願して南方に下ったこと。
 それまで干しバナナしか食べたことがなかったから、本物のバナナに喜んだこと。
 終戦直前に帰国の機会があったのに、これを他の人間に譲ったこと。
 敗戦を知って、軍刀を抜いて暴れたこと。
 インドネシア独立戦争に参加したこと。
 その戦闘で左手を失ったこと。
 そして、独立を勝ち取ったあとの、彼の生き様。遠くから見た日本の姿。


『帰還せず 残留日本兵六〇年目の証言
『帰還せず』小学館文庫
http://www.shogakukan.co.jp/books/detail/_isbn_9784094060744
(※表紙はタイの最後の残留日本兵中野弥一郎さんです。彼も亡くなられています。)

 小野さんは、ぼくにいろいろ話してくださいました。
 彼だけ2日に亘って話を聞いています。
 そして、語り尽くしたあとには、ご家族の食卓に招かれて、いっしょに食事をとらせていただきました(客人を招き、それに応えるのが、現地の風習なのだそうです)。
 インドネシアの家庭料理の味、いっしょに食べたサテの味は忘れられません。
 そして、その食卓の壁には戦争の時代を生きた様々な証が(それは、日本のものも、インドネシア軍のものも)掲げられていました。
 思い出すだけでも、やっぱり悲しい。


そして、みんな逝ってしまった……
 去年だったかな、あるテレビ番組で小野さんをかたせ梨乃が訪ねていく企画が放送されていました。
 日本人が訪ねてきたこと、それも女優さんに声をかけられたこともあったのでしょう、とても嬉しそうに、お元気でいらっしゃった姿に、見ていてこっちも嬉しかったのに……。

 これで、本当に誰もいなくなってしまったのですね。
 あの時、自らの意思で日本へ帰ることを拒んだ日本兵たち。
 最後となった元日本兵が亡くなる20日前、今月の5日に彼らの生きた記録が再文庫化されて日本の店頭に並べられたばかりだったのに、
 それとすれ違うように逝ってしまった。
 それもなにかの縁だとするのなら、あまりに悲し過ぎます。

 ただただ、悲しい。

 ご冥福を。心より。


『帰還せず』小学館文庫/帯なし
http://www.shogakukan.co.jp/books/detail/_isbn_9784094060744
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プロフィール

あおぬまよういちろう

Author:あおぬまよういちろう
【青沼陽一郎】
「ジャーナリスト」(週刊文春・週刊新潮)と呼ばれたり、
「ノンフィクション作家」(週刊現代)と呼ばれたり。
 日本文藝家協会・会員名簿には「作家・ジャーナリスト」とある。
 著書に『池袋通り魔との往復書簡』『オウム裁判傍笑記』(小学館文庫)『食料植民地ニッポン』(小学館)『裁判員Xの悲劇』(講談社)『私が見た21の死刑判決』(文春新書)『帰還せず-残留日本兵六〇年目の証言-』(新潮文庫)など。
 映像ドキュメンタリーに『虚像の神様〜麻原法廷漫画〜』シリーズ。

ぜぜ−ひひ【是々非々】
 よいことはよい、悪いことは悪いと公平な立場で判断すること。
「 是を是とし非を非とす る、之を知と謂い、是を非とし非を是とする、之を愚と謂う」『荀子』修身より

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