加藤武さんときしめんと『隠し砦の三悪人』

俳優の加藤武さんが急逝。

http://www.asahi.com/articles/ASH815TCXH81UCLV00D.html
http://mainichi.jp/shimen/news/20150802ddm041060152000c.html
http://www.yomiuri.co.jp/culture/20150801-OYT1T50098.html

 ほんの1〜2ヵ月ほど以前に(暑い日があったかと思えば、急に肌寒い日がやって来ていた頃)、東京・四谷にあるきしめん屋で遅い昼食をとっていると、加藤さんが独りで入って来たことがあった。
 そんなに広い店でもなく、客もまばらなこともあったが、太いお腹で背筋を真っ直ぐに伸ばして座り、そしてなにより、あのしっかりした張りのある声で注文し、店員の問いかけにも「はぁい!」と返事をしている姿に、すぐに加藤さんだと確信した。文学座が信濃町にあるので、その帰りにでも寄ったのだろう。どこか威風すら覚えた。
 もちろん、プライベートな場所で声をかけるような野暮なことはしない。
 でも、許されるのだったら、いろんなことを訊ねてみたかった。
 つい最近、そんなふうにして、元気に食事をされていた姿を見ていただけに、ちょっと動揺している。

 加藤武さんといえば、『犬神家の一族』など市川崑監督の横溝正史シリーズに登場する「よぉし!わかったぁ!」の名(迷)台詞の警察職員役で知られますが、個人的に彼の名演技は黒沢明監督の『隠し砦の三悪人』だと思っています。

 因みに、前者の『犬神家の一族』に登場する青沼静馬は、ぼくとは関係がないはずですし(大抵の人は「青沼」と聞くとこの作品を思い出すらしい)、後者の『隠し砦の三悪人』は今冬に最新作が公開予定の『スター・ウォーズ』の原形となった作品とジョージ・ルーカス自身が認めています(両方を見比べてみると、すぐにわかります)。

 さて、この『隠し砦の三悪人』の冒頭の長まわしの場面。いきなり、落ち武者役の加藤武さんがどアップで登場します。そこを追っ手の騎馬武者たちにとどめを刺されて、地面にぶっ倒れるのですが、そこを危うく騎馬武者の馬に頭を踏みづけられそうになります。よく注意して観ていないと、展開が早くて気付かずに済んでしまいますが、本当に倒れた加藤さんの頭の数センチのところを、馬の脚が掠めるように踏みならして行きます。ちょっと間違えれば、本当に踏み殺されていてもおかしくないシーンです。
 それでも加藤さんは、絶命したばかりの死体の役だから、まったく動かなったと、のちに語っています。いや、本当に死体を演じて動いていない。
 黒沢明も、あちらこちらで随分と危ないことをしでかしているように思いますが、彼があそこで死んでいてもおかしくなかったし、一方で映画のストーリーの中の一風景に溶け込んでいる演技は凄かった!

 もし、あの時にきしめん屋で話すことが許されたのだったら、その時のことも訊ねてみたかったな。

 そして、いまにして思うこと。
 人にとって死というものは、気付かないうちにほんのわずかのところで横を通り過ぎていくものらしい。
 あの時、ひとりの俳優が馬に頭を踏みつぶされていたら、黒沢作品はなかったかも知れないし、『スター・ウォーズ』だって誕生していたかわからない。それになにより「よぉし!わかったぁ!」の台詞回しもなかった。
 そして、数ヶ月前に同じ店で同じ釜の飯ならぬ同じ釜で茹でた麺を食べていた名優が消えてしまう。

 さっき、そのきしめん屋に寄ってきた。たまたま、あの時に加藤さんが座った場所に、ぼくも座った。
 店の風景は変わることなく、客たちは思い思いのメニューを注文し、空腹を満たしていた。


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プロフィール

あおぬまよういちろう

Author:あおぬまよういちろう
【青沼陽一郎】
「ジャーナリスト」(週刊文春・週刊新潮)と呼ばれたり、
「ノンフィクション作家」(週刊現代)と呼ばれたり。
 日本文藝家協会・会員名簿には「作家・ジャーナリスト」とある。
 著書に『池袋通り魔との往復書簡』『オウム裁判傍笑記』(小学館文庫)『食料植民地ニッポン』(小学館)『裁判員Xの悲劇』(講談社)『私が見た21の死刑判決』(文春新書)『帰還せず-残留日本兵六〇年目の証言-』(新潮文庫)など。
 映像ドキュメンタリーに『虚像の神様〜麻原法廷漫画〜』シリーズ。

ぜぜ−ひひ【是々非々】
 よいことはよい、悪いことは悪いと公平な立場で判断すること。
「 是を是とし非を非とす る、之を知と謂い、是を非とし非を是とする、之を愚と謂う」『荀子』修身より

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