哀悼!『青ちゃん新報』佐木隆三逝く!オウム裁判を追いかけた直木賞作家の生き様、ここに!「佐木隆三さん お別れの会」涙の報告!!

号外!青ちゃん新報2特別編

哀悼!佐木隆三逝く!オウム裁判を追いかけた直木賞作家の生き様、ここに!『佐木隆三さん お別れの会』涙の報告!!

 今月9日に北九州芸術劇場で行われた「佐木隆三さん お別れの会」に行ってきました。
 会の模様はちらほら報道もされていますが、その雑観と報告です。

 東京から北九州へは当日の空路で移動しました。
 同じ飛行機で、新潮社のお二人と、同社を辞められたノンフィクション作家さんといっしょになりました。
 いずれも、同じ会への出席が目的でした。

 開会は午後3時から。
 いったん新潮社の方々とは別れて、10分前には芸術劇場入口で受付を済ませました。
 ところが会場の小劇場はもう人でいっぱいで、中には入れませんでした。
 だから入口のところで、中の様子をのぞいていました。
 他にも中に入れない人たちが会場の外の廊下に並んで、式典のあとの献花の順番を待っていました。

 その列の中に朝日新聞の降幡賢一さんがいらっしゃいました。
 ずっとオウム裁判を取材されて、紙面に署名のコラムを書かれていた元編集委員の方です。全13巻からなる『オウム法廷』という書籍もあります。
 佐木さんもずっとオウム裁判を取材されていて、そこでいっしょになられました。もちろん、ぼくも同様です。
 そう言えば、降幡さんも佐木さんも、朝から傍聴券を求めて並んでいらっしゃいましたね。
 あの時と同じように、ずっと1時間くらい献花の順番を待って、会場の外で並ばれていました。
 そして、ご自身の順番が回ってくると、静かに献花を済ませられて、会場をあとにされていきました。
 あとで聞くと、そのまま新幹線に乗られて帰京されたそうです。
 佐木さんにお別れを言いに、献花の為だけに費やした長時間移動に、人を偲ぶ気持ちを知らされました。とても印象的な姿でした。

 佐木さんの人柄なのでしょうかね。それだけ人を惹きつける。
 そう言えば、会場には本村洋さんも姿をみせていました。
 光市母子殺害事件の差し戻し控訴審が広島高裁であった時には、毎日新聞の取材で北九州から佐木さんがいらしていました。そこで東京から向かったぼくとばったり会って……

http://aonumazezehihi.blog.fc2.com/blog-entry-141.html

 個人的には、いろいろ目をかけてくださって、いい思い出も沢山あるのですが、
 式典の挨拶に立たれた人の言葉や、献花に並んだ人たちの姿を見ていると、
 人それぞれに佐木さんへの思いがあるのだなあ、
 そういう関係と思い出を沢山つくってきた人だったんだなあ、と感じ入りました。

 ぼくは、最後に献花をさせていただいたのですが、
 そうした人たちの姿を見たあとだったこともあって、
 佐木さんの笑顔の遺影を正面に見たら泣けてきました。

 そのあとは、小学館やTBS、それに毎日新聞の地元支局の方々とごいっしょさせていただきました。
 お酒の大好きだった佐木さんがよく通われたという、小倉の街のお店をまわっての献杯です。
 佐木さんがオウム裁判の連載を『週刊ポスト』に、解説をTBSの報道でなされていたことから、当時のご担当の方がいらしていました。
 献杯をしつつ、みんなでいろんな話をしました。やっぱりオウム裁判取材の話題が多かったかな。
 それだけ大きな事件でしたし、時間を共有することも多かったから。

 そこで、同席された方々の話を聞いていると、佐木さんのこともさることながら、こうして集まった人たちにも関心がいきました。
 みんな市井を大切にする人たちばかりだったように思います。
 朝日新聞の降幡さんも含めて、大雑把に言えば、義理や人情を大切にするというか、人として一本筋を通すというか……。
 だから、食らい付いた継続的な取材もできたのだと思う。みんながそれを支えた。だけど、いまはどうだろう?
 そこへいくと、仕事の都合や、情報が届かなかったこともあるのだろうけれど、あるべき人の顔がなかったことも残念。というよりは、腑に落ちなかった。
 こういうところに人柄や人格がでるのかな、とも思いましたが、きっと佐木さんだったら、あの遺影のような笑顔で、

「まあ、そんなことは、いいじゃあないですか!」

 と、笑って済ましていたことでしょう。
 訪ねたお店でも、みんな佐木さんのことをよく知っていて、
 あれやこれや語りました。飲み尽くしました。
 人のいい面ばかりが心に染みました。
 とてもいい「お別れの会」でした。

 そして、その日の夜。
 直木賞作家の野坂昭如さんが亡くなられました。
 佐木さんが自身の原爆体験を語り、そこにイラストレーターの黒田征太郎さんが絵を描かれた絵本があります。その絵本に佐木さんがぼく宛にサインをされて送ってくださり、いまも手元にあります。
 ちょうど、「お別れの会」で挨拶に立たれていたその黒田征太郎さんが、佐木さんとの出会いを「野坂昭如に紹介された」と語っていたばかりでした。
 かつて、佐木さんが『笑っていいとも!』という番組で、お友達をつなぐ「テレフォンショッキング」というコーナーに登場されたのも、野坂昭如さんからの紹介によるものでした。
 なんだか、とても不思議な気分になりました。
 もし、仮に〝あの世〟というものがあるのだとしたら、いまごろ佐木さんには酒飲み友達が増えているのだろうな。それも、古くから馴染みの。


「佐木隆三さん お別れの会」①  「佐木隆三さん お別れの会」②  佐木隆三さんのサイン
※写真はクリックすると拡大します!

スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

あおぬまよういちろう

Author:あおぬまよういちろう
【青沼陽一郎】
「ジャーナリスト」(週刊文春・週刊新潮)と呼ばれたり、
「ノンフィクション作家」(週刊現代)と呼ばれたり。
 日本文藝家協会・会員名簿には「作家・ジャーナリスト」とある。
 著書に『池袋通り魔との往復書簡』『オウム裁判傍笑記』(小学館文庫)『食料植民地ニッポン』(小学館)『裁判員Xの悲劇』(講談社)『私が見た21の死刑判決』(文春新書)『帰還せず-残留日本兵六〇年目の証言-』(新潮文庫)など。
 映像ドキュメンタリーに『虚像の神様〜麻原法廷漫画〜』シリーズ。

ぜぜ−ひひ【是々非々】
 よいことはよい、悪いことは悪いと公平な立場で判断すること。
「 是を是とし非を非とす る、之を知と謂い、是を非とし非を是とする、之を愚と謂う」『荀子』修身より

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR