滝本太郎弁護士の「反論」と森達也の滅裂思考

 昨年の夏のことになります。
 森達也という人が、『創』という雑誌の7月号で、ぼくや滝本太郎さんのことをあれやこれや書き立てていました。それも酷い内容でした。
 その上で森達也は、同じ原稿の中で、

「気付かなかったなどと言い訳されないように、本誌は滝本・青沼両氏に送ってもらう」

 と言い放ち、実際に滝本さんのところには掲載誌が送られて来ました。

 そこで、滝本さんはわざわざ送りつけられた掲載原稿につき、同誌への反論の掲載を求めました。
 ところが、森達也と『創』編集部は、これを拒否したのです!

 もはや、この人たちはジャーナリズムを語る価値もないのですが、その時に滝本さんが書いて準備していた「森達也は賞を返上すべき」と題する反論が、1年が過ぎて滝本さんのブログにアップされました。

 その滝本太郎さんの反論をここにも転載しておきます。
 これを読むと、いかに森達也という人が支離滅裂であるのか、よくわかります。
 だって、自分で見て書いたことも忘れてしまったのか、まったく違うことを語って他人を批難しているのですから。麻原の判決言い渡しの場面描写など、酷いものです。
 もう、ここまでくれば「妄想」「滅裂思考」の類ではないでしょうか。
 目を通してみてください。

※滝本太郎さんのオリジナル掲載ブログはこちら
http://sky.ap.teacup.com/takitaro/2052.html

森達也氏は賞を返上すべき   
二〇一五年七月  滝本太郎

(反論を書く動機と結論)
 創の七月号が送られてきて、森達也氏の文章を読んだ。書くべきか自問自答した。二本の抗議書(日本脱カルト協会作成と滝本太郎、青沼陽一郎及び藤田庄市共同作成の二本であり各サイトにある)の宛名は、A3にノンフィクション賞を授与した講談社やオウム教団の発展に寄与した中沢新一氏を含む審査員であり、そこからの反論ではないから。
 だが、私もブログなどで時に批判しており、抗議書から四年近く経過して森氏からのまとまった反論だ。そのブログを見れば「意を決して書いた」ともある。
 今もオウム集団(アレフとひかりの輪)は残存し、「文化人」らとの相互利用の問題は続いている。アレフは森氏の映画AやA3も勧誘に利用している。新人がオウム集団だと気づいて事件のことを聞けば、受賞したA3は弟子の暴走、NHKも「未解決事件」としている、教祖は冤罪、他の勢力が入り込んで起きた事件それも昔のこと、だから安心してと説明される。カルト団体は都合の良い一部だけつまんで利用する。
 だから今こそ、上記抗議書の内容や森氏の言説の問題点は、知られたほうが良い。「戦争立法」対応の運動などで時間が取れず遅くなりました。
 結論から言えば、森氏はA3がそもそも根本的な前後矛盾を書いてある本だと自認してしまった。講談社ノンフィクション賞を返上されるべきだと考えます。

(簡潔な経過)
 下記の2つの抗議書は各作成者サイトに、判決文などの資料はサイト「カナリヤの詩」にあります。
一九九五年五月  麻原教祖が逮捕
一九九六年十一月 教祖は井上嘉浩証言を妨害し始め、以後不規則・意味不明の発言
一九九七年四月 教祖が17件の罪状認否
一九九八年五月 森氏の映画A公開、オウム真理教家族の会の抗議書
二〇〇四年二月 教祖への地裁死刑判決
二〇〇六年九月 最高裁で死刑確定
二〇一〇年一一月 森氏が月刊誌プレイボーイ上の連載をもとに本A3を発刊
二〇一一年九月  講談社がA3に賞授与、同月上記抗議書2本

(最大の論点)
 2つの抗議書では、A3がノンフィクション賞に値しないとした最大の理由として「A3の弟子の暴走論は、オウム真理教事件にあって松本死刑囚の指示とか首謀者であるという結論をつまりは否定しているのである。」としている。もちろん単に弟子の暴走論に同意したからではない。抗議書では「ノンフィクションとして十分な報告、分析をふまえてなされていて質が高ければ、多くの確定判決とは矛盾するが、1つの視点、考え方を示したものとして、授賞に値することも、論理上はあり得なくはない。」を前提にし、A3がこれに達しておらず各所に問題ある記述があるのに授賞するとしたから、問題としている。
 すなわち、森氏はA3の最後の章「特異」でこう記載している。「連載初期の頃、一審弁護団が唱えた「弟子の暴走」論について、僕は(直観的な)同意を表明した。二年半にわたる連載を終える今、僕のこの直観は、ほぼ確信に変わっている。」と。森氏は弁護団が主張する弟子の暴走論の構造を十分に認識している。「弁護側は、起訴された一三の事件すべての背景に『弟子の暴走』が働いているとして、被告の全面無罪を主張」と記載しているのである。
いうまでもなく、確定判決は最終解脱者麻原彰晃こと松本智津夫の指示により弟子が実行した事件だとした。「集団の暴走」は認めても、弁護団のいう「弟子の暴走」は否定している。
 森氏は、「弟子の暴走」という表現だけでなく、弟子らの教祖の意思についての「過剰な忖度(そんたく)」を各所で書いている。「言いかえれば幹部信者たちが、『これは尊師の指示である』として、信者たちに指示や通達を伝えることがとても多くなった。こうして過剰な忖度は暴走する。」などとある。弟子が教祖の指示がないまま暴走したとする心理メカニズムの説明である。実はこの「弟子の忖度」もまた、弁護団が多用してきた言葉であり、無罪主張の論理として弁論要旨の各所に記載されている。A3では、これらの合間に童話「不思議の国のアリス」も引用されている。有罪の結論が先にあったという寓話であって明確な印象操作だ。
 以上からして、森氏の主張は、刑事事件として教祖につき全面無罪、地下鉄サリン事件のサリン散布の指示などもしていないという弁護団と同様の主張だと読む外ない。

 しかし森氏は、7月号の反論で、自分はA3で麻原教祖が地下鉄サリンの散布を指示したことを認めている、としている。その根拠は上記の弁護団の主張に同意するとの記載に続けて「ただし弟子たちの暴走を促したのは麻原だ。勝手に暴走したわけではない、そして麻原が弟子たちの暴走を促した背景には、弟子たちによって際限なく注入され続けた情報によって駆動した危機意識があった」と記載したからという。そして、更に他の何か所にも、教祖のサリン散布の指示があったと記載しているおり認めている、という。
 「いったい、なんなんだ」と思う。これでは森氏は、サリン散布の指示など肯定すると言う一方で、弁護団の主張である「弟子の暴走=弟子の忖度=教祖の各事件指示の否定=無罪主張」論に同意・ほぼ確信しているということになる。「弟子たちの暴走を促したのは麻原だ」という記載は「指示を認めた」とは読めないが、あえて「指示」の趣旨で書いたと言うならば、やはり弁護団の主張に同意できるはずがない。文字どおりの「矛盾」ではないか。森氏はまさか「ほぼ確信と書き確信とはしていない」と言うか。弟子の暴走論は無罪主張のまさに中核であり、話をずらせる類ではない。

いうまでもなく「集団の暴走」と「弟子の暴走」は異なる。「集団の暴走」と書けば教祖と弟子らがともに暴走していった趣旨になるが、「弟子の」とすれば教祖の指示がないか教祖の指示を超えた罪を犯したということになる。当たり前である。だからこそ、弁護団は「弟子の暴走」と表現して「教祖の指示はない、弟子が忖度して暴走した、無罪だ」と主張した。森氏は、この弁護団主張に同意しているとしつつ、どうして教祖の指示を認められるのか、頭が割れる。
 抗議書の作成にあたっては、森氏がいくらなんでもこの根本的な矛盾のままにいるとは思わなかった。そして弁護団の主張への同意につき、最後の章「特異」で「連載を終える今、僕のこの直観は、ほぼ確信に変わっている」とある。だから連載途中(A3の途中でもある)にあったサリン散布等の指示を認める記載は、最後には撤回した趣旨であると理解するほかなかった。撤回しないまま弁護団の主張に同意するなぞ、万言を費やしても矛盾している。
 A3には、麻原の上記罪状認否も分析せず、公刊されている程度の裁判記録も分析せず、そもそも十三件の事件の指示について具体的に認定している地裁判決さえまともに読んでいないと思われる節が多々あった。ために抗議書には、別紙として認定された教祖の各事件の指示内容を添付し、授賞を決めた講談社と審査員に示した。
しかし、森氏がこんな矛盾のままとする以上、もはやその必要性もない。指示を認めるならば「集団の暴走」ではあっても「弟子の暴走」ではなく、「弟子の暴走」であったならば教祖の指示を認めようがない。端的に言えば話にならん。賞を返上されるべきである。
以下は、念のため記載しておきます。

(青沼氏発言)
 今回の反論では、青沼氏が二〇一三年冬のテレビにて、麻原教祖が判決時「立ちたくない」と発言したと長々と書いてある。抗議書とは関係がないのに十ページ中三ページを費やしている。実に印象的だ。
私は知らなかったので今回、放映内容を確認した。確かにその発言がある。青沼氏も従前そう書いておらず、番組内での言い過ぎだ。判決主文の宣告時の状態からそう表現してしまったのだろうが、その言葉はなく訂正されるべきで、青沼氏はブログで訂正を告知するとのことである。
 一方、森氏はこの反論で奇妙な記載してしまった。すなわち、青沼氏の文章に「十人を超す刑務官」とあることにつき「僕の記憶では四~五人、他のメディアでもすべてこの数字だ」と反論している。偽りである。「他のメディア」というよりいわば基本書の毎日新聞編集部著「オウム『教祖』法廷全記録」8(現代書館)では「刑務官2人が両脇を支えた。よろけて前の長机にぶつかり、あわてて他の刑務官が駆け寄り、七人がかりで支えた」とある。どうして「他のメディアもすべてこの数字」と安易に書けるのか。実は、今回の森氏の反論「四~五人」は、なんと自著のA3とも異なる。A3には「八人の刑務官が麻原を取り囲み、両腕を取って引き起こし、証言台の前に引き立てた。」とあるのだ。ご自身の本とも違う反論なぞ、乱雑に過ぎないか。
 私の記憶でも、法廷のバーの中に入っていた刑務官は十人以上、立ち上がらない松本被告の腕など持ったのが四~五人、被告人は五秒間ぐらい抵抗し、他の刑務官ともども中央まで押しだし、何人もの係官がそっと手を離したところ、ようやく体を傾けて立った状態だった。判決主文を聞くのが「イヤイヤ」という態度だった。もっと知られていい。

(青沼氏からの罵倒「アホか」など)
 森氏は、罵倒された云々とあるが何をもってそう書かれているか記していない。例えば青沼氏の二〇一一年十一月十九日付ブログには確かに「アホか」とあるが、なぜそこまで書かれたか、である。
青沼氏が批判したのは、林郁夫証言についてのA3の記載である。地下鉄サリンの実行を、直接は故村井から指示された様子につき、林は故村井が「これは……だからね」と視線を上に向けて下したと証言した。A3ではこれにつき「でも法廷もメディアも、そして(僕も含めて)多くの人が、「……」は「(階上にいる)麻原の指示」と示すと思い込んでいた。その程度の検証や認識すら怠っていた。」とし「結局はこの程度の裁判だった。でもこの程度の裁判によって、戦後最大級と形容された事件の首謀者とされる男が裁かれた。謎や疑問は何も解明されていない」と言うのである。
青沼氏は、それ故「……って、アホか。」と記載した。表現はともあれ私も呆れた箇所である。当然のことながら当時も弁護人が執拗に反対尋問をしているからである。林証人は建物の構造ではなく、村井秀夫の「正大師」の地位の上である教祖からの指示と理解した、と証言している。そもそもメディアも傍聴人も直ちに地位の上下の趣旨だと理解したろうが(森氏は傍聴していない)、弁護団は職務上当然「階が違う」と追及している。森氏の記載は弁護団に対しても失礼に話だ。森氏こそが結論を先に持っていて、一般人ほどにも調べず「この程度の裁判」だと片付けている。呆れる。

(映画Aでのオウム信者の発言カット関連)
これは、映画Aの撮影の初めのころ、A君が「オウムの教義では人を殺しても良い」などと語り始めたのに、森氏が映画ではカットしたかどうか、である。教団では、最終解脱者グルの指示で人を殺すのも「ポア」として正しいとされた。出家者はグルイズムとこの教義の下にある。今も残る教団の危険性を推察する教義上の焦点だ。
「ポア」だからこそ、実行犯らとって宗教殺人であった。教祖が地下鉄サリンなどの事件の直後「真理勝者にポアされてよかったね」と詞章を伝授したのは伊達ではない。そして、宗教殺人だということは、出家者の誰もが実行犯になりえた事件だったということでもある。だからこの問いは重要であり、信者が現実感を取り戻していく過程で深い悩みになる。「教義ではどうなっているか」「自分だったら実践したか」「殺された人は本当にそれで良かったのか」「実践し死刑が確定した法友をどう思うか」、もっとも大切な問いである。カウンセリングではほとんどがこの教義の存在を認め、多くが当時の自分ならばやはりしただろうと答える。本来、信仰を維持したいのだから、辛いところである。
 しかし、現役の実質幹部の出家信者が、撮影でこの教義を長々と説明し、それがテレビ番組や映画になれば、社会に教団の危険性を明白に知らせてしまう。だから、A君が、本当に話したのかを知りたい。極めて重要であり、映画でカットしたならばそれのみでドキュメンタリーに値しない。
 暴露したとみられたのは佐川一政氏である。サイゾー二〇一二年十一月号「私をだました文化人」で記載し、ネット上には鈴木邦男氏との対談がある。いわく、A君のこんな教義説明を撮影できたが観客が引いてしまうからカットした、観客には同じ青年だという反応が広がって良かった、と森氏から聞いたと。それを3人の抗議書で問うている。
森氏は今回、佐川氏が「虚言について佐川は謝罪をした」、また「A撮影日誌」(二〇〇〇年五月)や「ドキュメンタリーは嘘をつく」(二〇〇五年三月)に既に書いてあるという。
 しかし、後者には「書かれていることの半分は事実だし半分は虚偽だった。なぜ彼がこんなことを書いたのかはわからない、たぶん確信犯として書いたのではなく、そう思い込んでいるのだろう。この半年後には彼から謝罪の手紙が来たが返事は書いていない。」とあるだけである。また前者には、佐川氏発言は見つからず、類似のものとして、森氏がA君に対して「サリンの散布を命じられたら、どう行動したと思いますか。」と質問し、結局A君が「……仮定で語るのは難しいです」と回答を逃げた叙述があるだけである。
 すなわち、森氏は、佐川氏が何をどう謝罪したのか、「半分は事実だった」が何なのかやはり言わない。A君が教義の説明をしたのか、カットしたのか、思わせぶりに記述するだけで反論していない。
そして下記のことは、映画で見落としていたならば深くお詫びしますが、重要である。森氏は、教義説明と類似するA君への上記質問と回答につき、本「A撮影日誌」には記載してあるが、肝心な映画Aの中には残していない。映画を見ただけの人は、この応答も知らないままとなる。映画Aには英語の字幕がつけられたが、この本は英訳されておらず日本文を読めなければ接する機会もない。A君が回答から逃げた様子は、映画に残してこそ真実の発言と示せるし、直接的で印象深いはずだった。これは、いったいどうしてなのか。

(映画「A」推進委員会)
 森氏は今回、記憶で「劇場前でチラシをまいている一団がいて、劇場スタッフがあまりしないように求めた、その女性から声をかけられたことがある」、そして「考えてみれば関係者が映画公開に合わせて普及を図るチラシを作って何の道義的な問題があるのか、それは前提としてオウムを「絶対的な悪」としているからではないか」と反論している。
 話をずらされては困る。教団なり「麻原彰晃」を絶対悪ととらえるかどうかは観客や読者が判断すればよい。抗議書では、教団が普及にまで支援したことがA3でも示されていないことを批判している。
森氏は、他のメディアが正式な内部取材を申し込まなかったと何度も記載している。貴重な話だが、それと同様に一方の教団が森氏の活動と映画Aをどう捉えていたかも、ドキュメンタリーたらんとするなら貴重な情報である。それが明らかにされてこそ真実が分かってくる。後に脱会した担当の元出家者は「森監督が知らないなんて、それはない」と話しているから問うたのである。

(水俣病の可能性)
 七月号の反論では、教祖の視力障害の原因としての水俣病につき「可能性としては極めて低いと考えている」と書き、むしろ否定しているという。
 しかし、A3では、水俣病にからむ記述が数か所の計約十ページにもわたっている。抗議書で書いたとおり視力症状は水俣病の場合とは全く異なるのに、である。「極めて低い」とある直前には「今のところは証明されていない」とある。思わせぶりである。これによって多くの読者は水俣病の可能性が高いと感じていく。実際、文庫本の解説では斎藤美奈子氏は「彼の視力の衰えが水俣病に起因するかもしれないという、人物像を大きく左右しかねない証言は強い印象を残す」としている。「親が朝鮮半島出身だ」「被差別部落出身」という偽りと同様に、事件の背景・動機を歪める記載だという外ない。十二分な記載をしつつ「可能性は極めて低い」と書くなど、あらかじめ用意した逃口上というべきだろう。

(内容証明郵便)
 森氏は、映画A公開時のオウム真理教家族の会名義の書面につき、私が「他者の名前を騙っている」と反論している。何を言っているのか。会の依頼により顧問弁護士が起案したものだ。化学兵器VX(「VXガス」ではない)の後遺症もつらい会長の永岡さんが、二〇〇七年頃の森氏のインタビューを受けた当時、森氏と同様に約十年前の通知を忘れていたからとて、私が「騙っている」なぞ名誉棄損にさえあたる。
 通知に記載した重大な心配も、当たってしまった。映画「A」は、A君にルビコンの川を渡らせてしまう、という指摘である。実際十七年を過ぎてアレフ主流派の大幹部だ。本来ホーリーネイムもない末端出家者であり、上祐に一時期取り立てられても、映画「A」の主役にならなければ脱会していた可能性が低くない立場だった。どう考えているのか。

(慰霊碑)
 旧上九一色村の慰霊碑に「日本脱カルト協会」の文字があるとの記述につき、森氏は、卒塔婆との間違いに過ぎず文庫本で訂正した、滝本が強調する「重さと哀しさ」は同じはずだ、という。しかし訂正連絡はなく文庫本には注意書もない。慰霊碑の建立には数百万円かかったろうし半永久的だが、卒塔婆は数か月のもの。慰霊碑にある文字なら「銘」であり建立者である。同じはずがない。会と慰霊碑を作った人たちに失礼だ。なぜ銘がなく追悼文もないか「重さと哀しさ」を真摯に考えられたい。
 また、文庫本を訂正するならば、これに続く記述は削除すべきだった。跡地の一部がガリバー王国やドッグランになったとの記述である。決してオウム施設の跡地ではない。ネット上に未だ同じ間違いが散見されるが、出所は森氏だったのか。地元や関係者に確認すれば容易にわかること。主要なことではないから抗議書に書かなかったが、書けば卒塔婆と同様に文庫本で口を拭って訂正していたのか。森氏は、間違った記述のうえで「こうして上書きと更新をくりかえし、最終的に残されたのは一面の草原…欠落した何かを想起させる」としている。これも空虚な記述となる。

(下山事件、スプーン)
 文庫本と言えば、森氏は単行本「下山事件」(二〇〇四年二月、新潮社)につき、証言者から厳しい指摘があり文庫本で訂正する問題ともなった。故米原万里氏からは破廉恥な証言の捏造とまで書かれた。極めて重要な証言さえそんな対応で済ました。
森氏は、他のオウム絡みでも本「スプーン」(二〇〇一年三月、飛鳥新社)初版にて「麻原彰晃にヨガを教えた日本のヨガ修行の第一人者、成瀬雅春」と偽りを書いており、出版社がお詫びした。「空中浮遊」で成瀬氏は著名だった。麻原の空中浮揚写真は私の写真とあわせ一時期メディアを席巻し、成瀬氏との関係に関心がもたれた。関係がないこと直ちに知られた、初歩的なこと。森氏は成瀬氏本人から、その超能力について聞いたとしているのだから、麻原との関係も聞けばよかった。「スプーン」は面白かったが、私は呆れ外の記述も偽りだらけかもと鼻白んだ。事実を確認し保存しようとする姿勢がない。「推って知るべし」とは、このことではないか。

(巫病)
 A3のエピローグには、森氏は、中川智正死刑囚に「つまり巫病ですね」と指摘したとし、その説明がある。彼の巫病は、藤田庄市氏が雑誌『世界』2004年4月号で初めて指摘し注目された(「宗教事件の内側」岩波書店、二〇〇八年十月に収録)。森氏は、指摘に対し、中川がよくそんな専門用語をよく知っていますねという表情だったとまで書いてある。だが、藤田氏の本はなんら参考文献にされていない。

(レセプターなど)
 A3では、麻原と弟子が互いに「レセプター」となって暴走した、オリジナルに考えたような記載がある。しかし、浅見定雄氏は強制捜査の後ただちに「殿様と家臣の共振現象」だと喝破していた。朝日新聞の降幡賢一氏は「オウム法廷」などで立ち上っていく「蚊柱」と表現してきた。それらの紹介もないままオリジナルのごとき記載をするのは、失礼だと考えないのか。
森氏はまた、地下鉄サリン事件の原料ジフロ保管に関連する証言の違いを書いているが、これは降幡氏が「オウム法廷」に強調して記述し報道もされているのに、初めて分かったような書き方だ。違和感がある。一方、森氏は「一橋文哉」なる正体不明で時に偽りを書くことで著名な匿名者の文章を引用し参考文献にもしている。適当に過ぎないか。

(その他の前後矛盾)
 一つあげておく。森氏は、1990年2月の衆議院議員選挙の後、教祖には「開票に不正があったと怒る雰囲気はないし、不正があったことにしようとの隠匿の気配もない。」と選挙惨敗の重要性を主張する検察の主張に疑義を呈してもいる。裏付けとして「開票時の夜の集まりで教祖は、惨敗は自分の力が足りなかった本当に申し訳ないという感じで言っていた」との側近証言をあげている。しかし、別のところでは他の側近証言をあげ、検察主張を裏付けてしまっている。「最下位に終わりどう取り繕うか難しい、いつの間にか票の入れ替えになった」という証言である。森氏は、様々な記録から切り貼りしたのだろうが、自らの記述も忘れてしまうのか。質の悪いドキュメンタリーとしか思えない。

(既得権益)
 森氏は、「創」の2012年5・6月号で、私や青沼氏につき自分同様に「いわばオウムによって今の位置がある。つまり既得権益だ。だからこそ必死になる。」として驚かせた。今回の反論では「既得権益」は「視点とポジション」「レゾンデートル」の暗喩、それがわからないのか、という。何を言っているのか。既得権益は「権益」であって経済的な意味合いである。違うなら単にポジション云々と書けばよい。森氏は、映画A、A2も赤字です、本が売れてくれればと何度か話してもいる。やはり森氏のいう「つまり既得権益だ」は経済的なものと読むのが自然であって、この反論は無理筋に過ぎる。

(故司馬遼太郎氏の発言引用)
 森氏はA3で故司馬氏の発言も偽って引用している。同氏は立花隆氏との対談で「僕は、オウムを宗教集団として見るよりも、まず犯罪集団として見なければいけないと思っています。とにかく史上希なる人殺し集団である」と話したが、これを引用しつつ、「『人を殺すならばそれは宗教でない』とのレトリックはあまりに浅い。」としている。しかし、司馬氏は「まず犯罪集団として見るべき」としているだけで全体をみてもそんなレトリックではない。宗教と殺人が両立すること歴史上も常識だから、当たり前のことである。
この点は賞の審査にあたり話題となったようだが、重要なのは、森氏が実に著名な人の発言さえここまで歪曲させるということである。その他の取材対象の言葉、他の情報や見解の引用など歪ませている可能性が高いと推測され、該当発言があったかさえも疑われていく。

(警察の失態)
 森氏はまた、A3の各所で、警察の対応が地下鉄サリン事件を誘発したと自ら発見したがごとく書いてある。しかし、これは1995年当時から多く指摘され、森氏の指摘と相反し警察首脳部も各所で認めている。実際「地下鉄サリン事件があったから強制捜査ではなく、假谷さん事件で強制捜査に入るに十分な監視をしなかったから地下鉄サリン事件」なのだから、常識だ。二〇〇八年、国が被害者や遺族に一定の補償給付をするオウム事件の被害者救済法ができたのも、これが重要な背景だ。

(訴訟能力と責任能力の混同の糊塗)
 森氏は今回、青沼氏が指摘してきた「刑法上の責任能力と刑事訴訟法上の訴訟能力の混同」につき記載しなかったが、書き方の問題がここでも分かるので、記載する。
 青沼氏は「諸君!」の二〇〇五年三月号にて、森氏の「世界が完全に思考停止する前に」を批判している。訴訟能力が問題なのに、森氏は「彼は一度も精神鑑定を受けていない。通常なら逮捕直後に実施されたはずだ」としていた。そこで青沼氏は、森氏が責任能力-犯罪時の能力で認められなければ無罪-の鑑定を求めていることになるので、この取り違いを批判している。逮捕直後に実施するのは責任能力の鑑定だから、この文脈は正しい。
 これに対し森氏は、青沼氏こそ混同していると批判し、やがてA3で「少なくとも逮捕直後の彼は訴訟の当事者としては問題ない精神状態を保っていたと思う」としている。取り違えにつき批判されたことに口を拭い、話を変えてきている。
 この関係で森氏が求めていた「公開論争」について書く。森氏は二〇一一年、松本死刑囚の訴訟能力につき強く否定し「公開論争」を求めていた。森氏は原稿に書けば申し入れしたつもりのようだが、「創」からの別途の提案があるまで知らなかった。さらに森氏は、当方が「創」への返答もしないうちに当方が討論を拒否したとブログに記載した。奇妙な経緯だった。もとより、森氏のいう訴訟能力の有無の「公開論争」なぞ、非専門家同士がそれも曖昧な情報によって論争しても意味がない。なによりこの有無はA3批判の論点でもなく、オウム真理教と事件の本質や特徴を探る点で「最も重要な論点」でもない。だからお断りをした。ちなみに、森氏は一審段階から教祖の訴訟能力に疑問があると言いつつ同弁護団が争わなかったことを批判しないまま。不思議な態度である。
 抗議書では、森氏が教祖の訴訟能力に疑義を呈したことではなく、訴訟能力と責任能力を取り違え、その指摘に対しても糊塗した対応をしていることを批判している。

(動機-判決紹介と自滅仮説)
 森氏はA3の冒頭で、地下鉄サリン事件の犯行動機の認定につき「そもそもが『自己が絶対者として君臨する専制国家を建設するため』と『警察による強制捜査の目をくらますため』なる理由が共存することからして、論理として破綻している。」という。
 しかし、判決にはこうある。「被告人は,国家権力を倒しオウム国家を建設して自らその王となり日本を支配するという野望を抱き,多数の自動小銃の製造や首都を壊滅するために散布するサリンを大量に生成するサリンプラントの早期完成を企てるなど教団の武装化を推進してきたものであるが,このような被告人が最も恐れるのは,教団の武装化が完成する前に,教団施設に対する強制捜査が行われることであり,(中略)現実味を増した教団施設に対する大規模な強制捜査を阻止することが教団を存続発展させ,被告人の野望を果たす上で最重要かつ緊急の課題であったことは容易に推認される」と。すなわち判決文では2つの理由が十分に両立している。しかしA3の読者で判決文自体にあたる人はまずいまい。森氏は判決文をミスリードして批判しているのであり、その責任は重い。
 森氏はまた、A3で、一被告人の言葉から「麻原が組織もろとも自滅しようとしていた」という仮説を聞き、謎は残るとしつつこれを呈示した。この仮説は興味深いが、最初に自滅思考を指摘した文章も紹介してこそ説得力があっただろう。事件発覚前一九九四年十一月二日の、私の警察等あての文書「集団自殺・虐殺の危険性について」である。「…そろそろ末期症状を迎えたと思われる状況になったという外なく、内部でも傷害・殺人行為が始まったとすれば、各種違法行為が判明するに従い、組織として自暴自棄の度合いを高めていくことが十分に予想されます。…その生育環境とこれまでしてきた行為からすると、ある意味での経済合理性を考えてきた時代から、自己に忠実な組織を造る喜びに飽き、その限度が来たときには崩壊させることの喜び、歴史に名を残す喜びを、意識的又は無意識的に追求するおそれ…」と。さらに私は、地下鉄サリンの直前の三月一三日、同月初めの教団ビラ「最後通告Ⅰ―すでに戦争が始まっていることに、なぜ気づかないんだ!」も添付して、「…集団自殺・虐殺そして対外的な暴力を起こさせないままに、もとよりサリンガスなど持っていても使わせないで全体を終息させるためには、松本智津夫をまず逮捕すること…」と、上申もしてきた。
 森氏は、連載内容からして私の言説に注目しこれも知っていたはずである。知らないならば調査不十分。教祖が崩壊のために内外を攻撃するという仮説は、強制捜査に入る前から指摘されていたのだ。

(賞の返上を)
 森氏はA3で「麻原彰晃という圧倒的な質量だ」と、数か所で表現している。氏は、オウム信者に深く取材し、麻原のさまざまな話、超能力エピソードなど聞いたうえで、法廷で初めて教祖を見た。それが最初で最後だ。教祖に幻惑されてしまったのかと心配になる。
 森氏は、A3が根本的な矛盾のある書籍だと自認してしまった。ノンフィクションは「嘘をついてしまう」ことがあっても「あえて嘘をつく」ものであってはならず、まして根本的な矛盾があってよいはずがない。賞を返上すべきだと考える。


 因みに、ぼくのところには、『創』の編集部ぐるみで頓珍漢なことをしでかして、掲載誌は届いていません。その事情と、掲載内容に関するぼくの見解は、このブログにも書き込んでいます。
http://aonumazezehihi.blog.fc2.com/blog-entry-130.html
http://aonumazezehihi.blog.fc2.com/blog-entry-138.html

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プロフィール

あおぬまよういちろう

Author:あおぬまよういちろう
【青沼陽一郎】
「ジャーナリスト」(週刊文春・週刊新潮)と呼ばれたり、
「ノンフィクション作家」(週刊現代)と呼ばれたり。
 日本文藝家協会・会員名簿には「作家・ジャーナリスト」とある。
 著書に『池袋通り魔との往復書簡』『オウム裁判傍笑記』(小学館文庫)『食料植民地ニッポン』(小学館)『裁判員Xの悲劇』(講談社)『私が見た21の死刑判決』(文春新書)『帰還せず-残留日本兵六〇年目の証言-』(新潮文庫)など。
 映像ドキュメンタリーに『虚像の神様〜麻原法廷漫画〜』シリーズ。

ぜぜ−ひひ【是々非々】
 よいことはよい、悪いことは悪いと公平な立場で判断すること。
「 是を是とし非を非とす る、之を知と謂い、是を非とし非を是とする、之を愚と謂う」『荀子』修身より

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