文字の世界における「ヤラせ」

 懇切丁寧に説明しようとしたところで、だいぶ長い「抗議書」となってしまいました。
 抗議ということもあり、言葉も口語調とは違って、慣れないと少し読みづらいところもあったかも知れませんね。
  そこで、すこし解説を加えたり、具体的な証拠を提示しながら、ぼくの(ぼくらの)主張したかったことをかみ砕いてみます。

 『A3』という著作が、オウム真理教事件を題材としたものであることは、「抗議書」の冒頭で理解できることでしょう。
 そこで著者がどんなことを主張しようと、それは自由です。
 「事件は弟子の暴走によって引き起こされたのだ」「麻原章晃は首謀者ではない」「無罪だ!」そう主張したって、自由です。
  ばくらは、そういって声を挙げることにまでクレームをつけたり阻害しようとは思いません。
 主義主張、表現の自由は尊ばれるべきです。
 だけど、そこに嘘や偽りがあってはいけません。
 ノンフィクションを標榜し、これが真実であるというのですからなおさらです。
 まして、世界中を震撼させた地下鉄サリン事件や、就寝中の家族を襲った坂本弁護士一家殺害事件など、沢山の人の命を奪い、傷つけ、そして8年もの歳月をかけた刑事裁判を振り返るのですから、より慎重に検証する必要があるはずです。
  そこから導かれる大胆な結末はノンフィクションの醍醐味でもあるはずです。
 言論人としてもこれほどの喜びはないでしょう。

 だけど、この『A3』には、あまりに嘘が多すぎます。
 事実誤認や勘違いなんていったレベルのものではありません。

 そのひとつの典型が本著の冒頭に出てくるくだりです。
 本著の構成は、まず扉を開けて目次があって、読み手を本の世界に誘う「プロローグ」と題する導入から本文がはじまります。それがページ数でいえば、6ページから。
 ところが、8ページにはもうこんな記載が出てくるのです。
 地下鉄サリン事件の犯行動機について、

「そもそもが『自己が絶対者として君臨する専制国家を建設するため』と『警察による強制捜査の目をくらますため』なる理由が共存することからして、論理として破綻している。もしも麻原を被告とする法廷が普通に機能さえしていれば、この程度の矛盾や破綻は整理されていたはずだ」

 そうそう……
 どうも字面だけ書いていても、どうもしっくりこないものらしいので、客観的証拠を掲げます。
 百聞は一見にしかず、そういってしまえばモノ書きの立場としては忸怩たるものも残るのですが、それもこうしたツールを利用する利点でしょう。
 実際の『A3』の紙面です。

『A3』P8


 ですが、麻原章晃こと松本智津夫被告の一審判決にはこうあります。
 地下鉄サリン事件の動機を、

「被告人は,国家権力を倒しオウム国家を建設して自らその王となり日本を支配するという野望を抱き,多数の自動小銃の製造や首都を壊滅するために散布するサリンを大量に生成するサリンプラントの早期完成を企てるなど教団の武装化を推進してきたものであるが,このような被告人が最も恐れるのは,教団の武装化が完成する前に,教団施設に対する強制捜査が行われることであり,(中略)現実味を増した教団施設に対する大規模な強制捜査を阻止することが教団を存続発展させ,被告人の野望を果たす上で最重要かつ緊急の課題であったことは容易に推認される」

 いったいこの文脈のどこに論理の破綻や矛盾があるのでしょうか。

 判決を読みたければ下記のサイトへ。滝本太郎さんも推奨されているサイトです。
 判決文中の「ⅩⅢ 地下鉄サリン事件」の項目の[弁護人の主張に対する当裁判所の判断]の「3」にあります。

 麻原判決全文

 どうして、こんな間違いが起きるのでしょうか。
 判決をしっかり精査すれば、こんな書き方はできないはずです。
 同じページにあるテロの認識に関する記述だって、本論から逸脱しています。

 麻原一審公判回数は250回を超えています。
 本著でも認めているところですが、著者の森達也氏はそのうちの最後のたった1回、判決公判しか傍聴していないのです。
 その印象に残るべくたった1回の公判で、裁判長が法壇の上で読み上げた判決の内容すらしっかり聞き取れていないのです。
 あるいは、意図的に読み手に誤った情報を与え、ミスリードしていく。

 これをテレビの世界では「ヤラせ」と言います。
 事実に忠実な「再現」でもなく、過剰な演出による「行き過ぎ」でもなく、有りもしないことを描き出してしまう「ヤラせ」という偽りの事実。
  視聴者を欺く行為。読者に嘘の情報をもたらす害悪。

 そもそも判決においては、弁護側の主張する「弟子の暴走」論は事件ごとに逐一説明が加えられ、これを否定しているのです。
 ですが、531ページにものぼる「A3」の中で、判決の内容について触れているのは27ページの1カ所のみでごくごく一部を紹介したに留まっているのです。
 黙ること、無視することで、読者への情報を遮断し、自分の思惑通りの方向へさらにミスリードしていく。

 そういえば、講談社ノンフィクション賞の選考委員5人中の2人はBPO/放送倫理・番組向上機構の放送倫理検証委員を兼ねていますね。
  こんな人たちがテレビの「ヤラせ」を見抜く、論じることができるのでしょうか。
 とっても心配になります。

 放送倫理検証委員会/BPO

 もっといえば、この2人のうちのひとりは、あるはずの井戸を「消えた」と公言してしまうし、もうひとりはぼくの取材ネタを平気で盗んでいくし……って、このあたりの裏事情また後日あらためてお話するとして、
 これが意図的なものでないとしたら、筆者の能力をよほど疑ってかからなければなりません。
 テレビの世界では厳しくチェックの目が向けられ通用しなくなった「ヤラせ」の手法を、文字のノンフィクションの世界に持ち込んだ。
 最初から「ヤラせ」を仕込んだ嘘の情報で構築される著作物。
 それで通用するどころか評価されてしまうのですから、筆者にとってはこんなにやりやすいことはないでしょう。
 同時に出版、編集の世界もずいぶんとなめられたものです。
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プロフィール

あおぬまよういちろう

Author:あおぬまよういちろう
【青沼陽一郎】
「ジャーナリスト」(週刊文春・週刊新潮)と呼ばれたり、
「ノンフィクション作家」(週刊現代)と呼ばれたり。
 日本文藝家協会・会員名簿には「作家・ジャーナリスト」とある。
 著書に『池袋通り魔との往復書簡』『オウム裁判傍笑記』(小学館文庫)『食料植民地ニッポン』(小学館)『裁判員Xの悲劇』(講談社)『私が見た21の死刑判決』(文春新書)『帰還せず-残留日本兵六〇年目の証言-』(新潮文庫)など。
 映像ドキュメンタリーに『虚像の神様〜麻原法廷漫画〜』シリーズ。

ぜぜ−ひひ【是々非々】
 よいことはよい、悪いことは悪いと公平な立場で判断すること。
「 是を是とし非を非とす る、之を知と謂い、是を非とし非を是とする、之を愚と謂う」『荀子』修身より

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