論争以前のお話

 無茶苦茶なことを言い出して、
 いったい何を主張したいのかもよくわからないし、
 呆れて言及する気にもなれず、
 忙しかったこともあって、
 優先順位は最下位にしておいたのですが、
 少し時間もできましたし、
 いまだにこういう人の言動を信じて、
 シンポジウムに招き、
 それをオウムと絡めてニュースで取り上げているNHKという媒体もあり、
 危機感も覚えましたので、
 あえて言及します。

 それと、言及が遅れたのは、
 真剣に法的措置をとることを検討していたこともあります。

 森達也という人が、『創』という雑誌の3月号と5・6月号の中で、
 ぼくのブログの内容について触れています。

『創』3月号より(※画像をクリックすると拡大します)
『創』3月号①
『創』3月号②
『創』3月号③

『創』5・6月号より(※画像をクリックすると拡大します)
『創』5・6月号①
『創』5・6月号②

 繰り返しになりますが、
 いったい何をいいたいのか、理解に苦しむ内容で、
 本質を突き放したところで、あれやこれや混ぜ込んでいて、
 何から触れていいのかも苦労するのですが、
 まずは、ぼくが体験したことと明らかに違うこと、
 相変わらずの森達也という人の「嘘」から触れておきます。

 『創』3月号のコラムのタイトルは「論争以前の二人」でした。
 その中で、彼はこう書いています。

「抗議書が発表されたときには、討論したいと返答した。でもこれについての反応はなく、またとても討論にならないと考えて、黙殺することを決めた。」
(89ページ)

 その上で、討論を呼び掛けたにも拘わらず、拒否してこちらを攻撃する酷い輩だ、と〝攻撃〟しています。

 ですが、これはまったくの嘘です。嘘の上に論旨が出鱈目です。

 第1に、
 ぼくは、森達也という人から直接的に、また彼の代理人という存在からも、
 討論を申し込まれたことは一切ありません。

 第2に、
 ぼくたちが講談社に抗議書を送付したのは、
 2011年9月1日木曜日のことになります。
 翌9月2日金曜日に、東京地方・高等裁判所内司法記者クラブにて記者会見を行っています。
 抗議書に名を連ねた滝本太郎弁護士によりますと、
 週明けの月曜日、9月5日に『創』編集部より森達也氏との討論の申し込みがあったそうです。
 ところが、森達也という人はご自身のブログ、9月4日日曜日に、
「反論する気が失せた」
「黙殺する」
 と公表しているのです。
 当人が「黙殺」を公言したあとに対談の申し込みが来るとは、
 常軌を逸しています。

 2011年9月1日(木) 「抗議書」送付
        2日(金)  記者会見
        4日(日)  森達也ブログにて「黙殺する」とコメント
        5日(月) 『創』編集部より対談申し込み

http://moriweb.web.fc2.com/mori_t/colums02.html
(上記をクリックして「NO.139(2011.9.4)」 をみてください。)

 会見からわずか2日。
 それも土曜、日曜の間に「黙殺することを決めた」としていながら、「反応はなかった」としているのです。

 『創』3月号の誌面では、上記引用部分に続いて、
「ちなみにこの過程において『創』の篠田編集長が誌面での森との討論を申し入れたときも……」
 と、エピソードを披露していますが、
 これこそが
 ご自身で「黙殺する」と断言した翌日の申し込みなのです。

 およそ常識を持った人ならこんな失礼極まりないことはしませんし、
 それで相手を
「こんなレベルなのだ」などと蔑むなんて、はっきり言って、異常です。

 第3に、
 そもそも抗議書は講談社に対して行ったもので、
 森達也という人に向けて発信したものではありません。
 このような著作に賞を与えることがおかしい、と講談社に抗議し、
 その理由を記載しているものです。
 話し合いの相手にしている覚えはありませんし、
 「討論したいと返答した」とは、
 何を勘違いなさっているのか、皆目見当もつきません。
 『A3』という著作に自信をお持ちならば、
 講談社からいただいた賞に悠然として誇らしげに自慢していればよろしいことではないでしょうか。

 以上のように、「討論したいと返答した」「でもこれについての反応はなく」とするのは、明らかに嘘です。
 これを『創』という雑誌媒体にて公表している以上は、
 ぼくとしても法的措置を検討しているところです。
 仮にこのブログを読んでいることが認識されて、
 それでも『創』誌上で訂正と謝罪がない場合は、
 本格的に始動しようかと考えています。

 知人の弁護士さんたちは、
「言論には言論で返すべきであって、言論の現場に司法を持ち込むのは感心できない」
 と、ぼくに教えてくれます。
 でも、本当にいくら言っても、虚偽の事実(相手の主張を明確に伝えず誤った情報を読者に伝えることも含めて)を作り上げて、事実と異なることを公言することは、もはや言論にならない、許される領域を飛び越えていると思います。
 いちど、第三の場所に移して、はっきりさせたほうがいいでしょう。
 そうでないと、言論なんて成り立ちません。
 内容を精査せずに掲載する雑誌にも掲載責任はあるでしょう。

 さて、討論の返答、申し込みについて、話を戻すと、
 現実にはなかったことですし、
 「…たら」「…れば」の話をしても仕方ないのですが、
 仮に個人的に話し合いの申し出があったら、
 まずは、こう返答していたと思います。

「まずは『A3』の中にある嘘を訂正、謝罪していただきたい」

 なぜなら、森達也という人は『A3』という著作の中で、
 ぼくがいってもいないことをでっち上げて、
 しかも、ぼくの主張を意図的に隠して、
 読者を騙すように、
 ぼくが「勘違いしている」などと出鱈目の主張を展開して、
 貶めているからです。
 そのことを『卑劣な嘘』と表現し、
 個別具合的に、このブログで詳述しています。

『卑劣な嘘』
http://aonumazezehihi.blog.fc2.com/blog-entry-3.html

 しかるに、『創』誌上にでもまたしても本筋を割愛した卑劣な手法を用いて、

「少なくとも僕は彼らに対して、討論は拒否しながらネットで、『歴史を改竄し』とか『意味不明の言葉に酔うだけの』とか『卑劣な嘘』などの言葉は使わない」
(3月号 91ページ)

 などと言及し、自分が謂われのない誹謗・中傷に曝されている被害者だと、主張する。

 なるほど、確かにそういう言葉は使わないにしろ、その前に嘘で相手を貶めている。
 もっと卑劣なやり方です。

 以前にもこのブログでちょっと触れましたが、
 森達也という人の手法というのは、

(A)という事象 → (A)についての論評 = A”
(B)という事象 → (B)についての論評 = B”

 があるすると、

(A)という事象 + (B)についての論評 = 飛んでもない奴だ!

 と、でっち上げの攻撃をする。

『鳥なき里の蝙蝠』http://aonumazezehihi.blog.fc2.com/blog-entry-4.html

 それが(A)もしくは(B)という事象が、
 自分にとって不利益であることだとすると、
 それには一切触れない。

 しかも、自分の嘘が思い切り指摘されているのに、
 そのことについては反論どころか、一切触れない。

(A)あるいは(B)という事象の根拠を隠して、
(A)あるいは(B)についての論評だけを取り上げる。

(A)という事象  → (A)についての論評 = こんな言葉は使わない
(B)という事象  → (B)についての論評 = 誹謗・中傷が目的なのだ

 彼が『創』の中で取りあげている、ぼくのブログの中の言葉については、
 きちんと根拠を示しています。
 百聞は一見にしかず、として証拠のデータも添付しています。
「悪質な捏造」「卑劣な嘘」「読者をミスリード」の根拠もあります。
 まずは、その言葉を導くにあたっての根拠について、反論するなり、言及してから批判していただきたい。
 言及、反論できないのは、それがすべて当たっているから。
 だから、「最初から傷つけることを目的としている」などという、
 幼稚な論調しか展開できないのでしょう。

「って、アホか」についても、
 よりにもよって、講談社ノンフィクション賞の受賞の言葉で、
 敢然と無知と取材不足をひけらかしているから。
 まったく事実経過と異なることをまくし立てて、裁判を批判しているから。

『オウム的組織論』
http://aonumazezehihi.blog.fc2.com/blog-entry-7.html

 ぼくがこんなことをしたら、バカにされます。言論人としても失格です。
 ところが、これについての言及は、一切ありません。
 ほんとうに卑怯な男です。

 もっとも、ぼくも指摘を受けて訂正しなければならないこともありました。
「羞恥心はないのでしょうか」のひと言について。
 これは訂正しなければいけませんね。
 もう既に過去の著作『下山事件 シモヤマ・ケース』において、
 証言の捏造のあったことを米原万里さん(故人)に指摘され、
「破廉恥」と酷評されているのでした。

『破廉恥』
http://aonumazezehihi.blog.fc2.com/blog-entry-6.html

 破廉恥(=恥知らず)な男に、「羞恥心はないのでしょうか」と論評することは、本当に無意味なことでした。
 ごめんなさい。

 だいたい「黙殺する」「今度こそ黙殺する」と繰り返しながら、
 こんなわけのわからないことをまくし立てることからして、
 彼の言論人としての在り方そのものが「嘘」なのですから。

 卑怯な嘘つき呼ばわりされたくなかったら、
 「抗議書」の中でも、あるいは「黙殺する」といって黙殺できないでいる、
 彼の嘘について言及し、反論するところからはじめるべきだと思います。

 そういえば、『A』撮影中止の経緯については、
 あえて相手にするつもりもありませんが、
 本当に実名で公表できるものなのでしょうか。
 そもそも、それについてだって「抗議書」の中に記載してあります。
「すべてに反論できる」なんていいながら、碌に読めてもいないのでしょう。
 ひょっとしたら、嘘の前に読解能力がないのかもしれません。

 その恐るべき読解能力の欠如については、
「渾身の一冊」と自讃する『A3』の根幹を、
 特に、地下鉄サリン事件の麻原指示について、
 『創』3月号、5・6月号で根本から否定してしまっているのですが、
(いや、本当に読解能力の欠如でないとしたら、苦し紛れの言い訳か、嘘か、あるいは壊れている、としか思えません!)
 これについては、あらためて触れることにします。

 本当に無茶苦茶で、説明するのにも手間のかかる代物ですから。



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プロフィール

あおぬまよういちろう

Author:あおぬまよういちろう
【青沼陽一郎】
「ジャーナリスト」(週刊文春・週刊新潮)と呼ばれたり、
「ノンフィクション作家」(週刊現代)と呼ばれたり。
 日本文藝家協会・会員名簿には「作家・ジャーナリスト」とある。
 著書に『池袋通り魔との往復書簡』『オウム裁判傍笑記』(小学館文庫)『食料植民地ニッポン』(小学館)『裁判員Xの悲劇』(講談社)『私が見た21の死刑判決』(文春新書)『帰還せず-残留日本兵六〇年目の証言-』(新潮文庫)など。
 映像ドキュメンタリーに『虚像の神様〜麻原法廷漫画〜』シリーズ。

ぜぜ−ひひ【是々非々】
 よいことはよい、悪いことは悪いと公平な立場で判断すること。
「 是を是とし非を非とす る、之を知と謂い、是を非とし非を是とする、之を愚と謂う」『荀子』修身より

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