酷い!NHK「未解決事件シリーズ」の虚偽報道

 こういうことを書き連ねると、まるで自分のまとめたものだけが優れていて、他のものは劣っているように受け取られそうで嬉しくはないのですが、
 それにしてもあまりに酷いと思えてならないので、あえて言明します。

 NHKの「未解決事件シリーズ」のオウム真理教の特集「オウムVS警察」を素面できちんと拝見しました。
 ちょうど1週間前の6月8日土曜日の深夜(正確には日付を越えた9日)に再放送されていました。
 驚きました。

 これは酷い! --ひと言で言えば、そう思いました。

 以前にもチラリと見た程度で違和感は覚えたのですが、
 こんなに酷いとは思いませんでした。

 何が酷かったかというと、
 地下鉄サリン事件を引き起こすまでのオウム真理教と警察との攻防から、
「オウムの暴走を止めることはできなかったのか」とする論旨で検証する番組なのですが、
 構成の柱になっている時系列も正確性を欠き、細部にも誤りが多々あって、どこから言及していいのか困ってしまうくらいで……
 それでも、兎にも角にも、指弾しなければならないと思うのは、大きく言って次の2点です。

1)神奈川県警の検証評価について
 番組では、地下鉄サリン事件に至るまでの教団内部でのサリン生成の経緯と平行して、この薬品の購入ルートから、長野県警(松本サリン事件を捜索中)と神奈川県警(坂本弁護士一家〝失踪〟事件を捜査中)が、それぞれオウム真理教がサリンを生成していることを察する過程が描かれています。
 この神奈川県警の中心人物として志賀俊明という元県警が登場します。
 彼は番組の終盤で、ご丁寧にも第7サティアンの跡地に立って、薬品購入ルートを突き止めていながら、地下鉄サリン事件を食い止められなかったことを「悔しい」と呟く劇的シーンまで演出を加えられています。
 ところがこの人物、実は89年11月に坂本弁護士一家殺害事件直後から(当時は殺人ではなく〝失踪〟扱いでした)、一家殺害の実行犯だった岡崎一明(当時は「佐伯」、現在は「宮前」と改姓)とずっとコンタクトを取り続けた張本人のはずです。
 岡崎は事件を起こしてから、教団の資金3億円を奪って脱走。この3億円が、事件の共犯者の早川紀代秀らによって奪還されてしまうと、こんどは麻原本人を強請りにかかるのです。坂本龍彦ちゃんを埋めた場所を示した地図を匿名で神奈川県警に送りつけて。
 神奈川県警は90年2月に、この地図をもとに捜索に乗り出すのですが、遺体は発見できませんでした。
 失敗に終わったとは言え、遺体捜索で焦った麻原からまんまと1千万円近くを強請り取った岡崎は、郷里の山口県に戻って、こともあろうに95年3月に地下鉄サリン事件が起きるまで学習塾を経営して、子どもたちに教育を施していました。
 そこへ神奈川県警の志賀という人物が訪ねていくのです。
 この時、県警は地図を送ったのが岡崎であることは知っていて、その上で岡崎に事情聴取をし、嘘発見器にまでかけて、それでも坂本事件の自供に追い込めず、その後は互いに月に1度は電話で連絡を取り合う仲になった、と岡崎自身が裁判で証言しています。
 サリン生成の薬品購入ルートを突き止めるよりも以前に、坂本事件で刑事訴追できていれば、地下鉄サリン事件どころか、松本サリン事件もVX事件も、教団内のリンチ殺人でも、こんなに多くの被害者を出さずに済んだ話です。

 いや、それどころか……
 地下鉄サリン事件があって、教団関連施設への一斉家宅捜索があって、国松警察庁長官狙撃事件があって、岡崎は懇意にしていた神奈川県警に連絡を取り、坂本事件の真相を告白、すなわち自首するのですが、県警は彼を逮捕せず、それどころから中国へお見合いツアーに出かけるという岡崎に「気を付けて行って来いよ」と、出国を認めてしまっているのです。
 岡崎は、坂本事件を自首しているにもかかわらず、ご丁寧にも神奈川県警に見送られて中国に渡り、そこで現地の女性と結婚式を挙げて来ます。
「新しい家族ができたことで情状をよくしたかったのではないか」「死刑を避けたかったのではないか」などと警視庁の関係者の間では噂されていたほどなのですが、
 同業の警察関係者も、オウム事件の犠牲者遺族も、この事実を知ってみんな神奈川県警への不信感を募らせていました。

 そんな大失態を演じている神奈川県警の中心人物を登場させながら、この岡崎の一件については番組中でまったく触れていないのです!
 地下鉄サリン事件に至る「オウムの暴走を止めることはできなかったのか」とする検証番組であるのであれば、当然のこの事実を、それも裁判取材によって明らかになっている事実を、なぜ、NHKは取り上げなかったのでしょうか。
 知らなかった、とするのであれば、取材不足を露呈したことになります。
 あえて触れなかったのであれば、この番組が如何に恣意的に演出され、その上で「未解決事件」と冠を置いていることに、強烈な違和感を覚えます。
 むしろ、不利益になることを意図的に隠す「ヤラせ」に近い。
 既に、この時点でこの番組は報道の在り方を問われても仕方ないものです。


2)井上嘉浩の手記について
 番組では地下鉄サリン事件などで死刑判決が確定している井上嘉浩から「NHKに寄せられた手記(手紙)」を、とても得意気に取り上げています。
 その中で井上が地下鉄サリン事件を、麻原による「予言の成就」と記していることを取り上げています。
 即ち、ハルマゲドンの到来の予言を地下鉄サリン事件によって具現化したものである、とする井上の見解を報道しています。
 それも「裁判では語られていない」ことをナレーションで強調して。

 ですが、これは嘘です。

 裁判でも井上は同様のことを証言しています。
 裁判の長期化と拘留生活が長引く中で、証言が変遷していく井上が不意に思い当たったのでしょう。
 あるとき、突然に「地下鉄サリン事件はハルマゲドンを自作自演する予言の成就であった」「そう考えるようになった」と言い出して、傍聴席を静まり返らせました。
 ですが、これの発言については、裁判所はおろか、被害者も鼻で笑って一蹴しています。
 なぜなら、地下鉄サリン事件が計画・立案された事件実行2日前の、いわゆるリムジン謀議において、強制捜査実施の情報をもとに最初に地下鉄車両内に化学薬物を撒くことを提案したのは、他でもない井上嘉浩なのです。

 教団では、このリムジン謀議の(言い換えれば、地下鉄サリン事件の)数日前に、霞ヶ関駅構内で炭疽菌を散布する目的で噴霧装置を内蔵したアタッシュケースを置くという事件(「アタッシュケース事件」と呼ばれています)を引き起こしています(ただし、炭疽菌というのは、警察の分析によってただの水であったことが判明しています)。
 この実行に加わったのも井上でした。
 ……で、リムジン車内では、このアタッシュケース事件も話題に上がり、
 井上本人が「妖術(=硫酸のこと)でも撒けばいいのではないでしょうか」と発言したことから、話はサリン撒布に展開していくのです。
 しかも、このリムジン謀議を捜査段階で最初に自供し、法廷で最初に証言したのも、井上でした。
 井上証言が地下鉄サリン事件解明の重要な骨子になっているのです。
 その当人が「予言の成就」などと言い出すとは……

 自ら強制捜査攪乱を狙って、化学薬物を散布することを麻原に進言しながら、あれは教祖による「予言の成就」だった、なんていう言い訳は通らないでしょう!
 それで、この井上の言説を誰も相手にしなかった経緯があります。
 番組ではリムジン謀議の内容についても一切ふれることはなく、寄せられた手紙がまるでスクープの手柄のごとくに強調されています。

 ちゃんとリムジン謀議を検証していれば、これが言及にも値しないことはわかるはずです。
 正確性と整合性に欠けるものです。
 NHKは司法記者クラブにも所属していて、法廷では優先的に傍聴席も用意されているはずなのに……。

 その他にも、番組では上祐史浩氏のインタビューも放映していました。
 彼は、90年に国土法違反事件で一斉家宅捜索の入る熊本県波野村の教団施設で、麻原が「先制攻撃論」を展開していたと豪語しています。
 そもそも89年に坂本弁護士一家殺害事件を引き起こしたことからして、社会に対する先制攻撃でしょうし、この事件で坂本弁護士と直接交渉にあたり、坂本弁護士の様子を憤り交じりに麻原に報告していたのは上祐氏本人です。
 彼は坂本事件を教団の仕掛けたものだと知らなかった、と一貫して主張していましたが、本当でしょうか。
 どうして、こうした場面で追及しないのでしょうか。
 番組としても、その事実すら言及していません。

 しかも、サリンプラント建設の当初の責任者は上祐氏本人であったことは認めていますが、
 その他にも、当時東京・亀戸にあった亀戸道場で炭疽菌を大量培養して最上階の噴霧装置からこれを一斉散布しようとした計画の責任者は上祐氏でした。
 これがのちに亀戸異臭騒動となって、大騒ぎになります。
 ですが、この事実については放送では一切触れていません。

 麻原はサリンが生成される以前から、炭疽菌などの細菌兵器が生成できたと信じていました。
 前述のアタッシュケース事件がそのいい証左なのですが、
 それどころか麻原は、地下鉄サリン事件よりずっと前に、自ら特製のトラックに乗り込んで、首都高速道路や皇居周辺でこの物質を散布してまわっているのです(これも法廷証言で明らかになり、当時の新聞にも報道されています)。
 いまさら、利己的事情から裁判官官舎を狙った松本サリン事件を実行したあとの、地下鉄サリン事件を「予言の成就」といったところで、信憑性に裏付けられるものではありません。
 よくぞ、全国放送でここまで言い切れたものです。

 ただし、この番組が評価できる点は、当事者に直接話を聞く、ということにこだわったところです。
 それは取材の原点としてとても重要なことですし、
 よくここまで取材対象者に迫って、証言を得られたと感心します。
 凄いと思います。
 ですが、オーラルヒズトリーには、裏付けの客観性がないと、偏った視点のままに誤報を伝え、史実をねじ曲げることに直結します。

 まして、上祐という人は偽証罪すなわち〝嘘つき〟で罪に問われた人です。
 肝心のことを追及せずに、どこまで本当のことを語っているといえるでしょうか。
 発言者に寄り添い過ぎていて、信憑性の確認に欠くものです。
 体よく、上祐や井上の口車に乗せられていた、としかぼくには見えません。

 それどこころか、第7サティアンで「サリンが開発された」と誤ってみたり(サリンが開発されたのは、クシティガルバ棟です!)、時系列がぐちゃぐちゃになっていたり、細かい誤りが多すぎます。

 いや、そもそもからして……
 いったいオウム事件のどこが「未解決事件」なのでしょうか。

 このシリーズの1作目は、「グリコ・森永事件」を扱っていました。
 あの事件は、確かに犯人が特定されず、時効を迎えていますから、未解決と言えるでしょう。
 ですが、一連のオウム事件は犯人が訴追され、裁判で証拠が出され、事実関係が明らかになっています。
 それを「未解決」と言ってしまう根拠がどうしてもわからない。
 むしろ、前述した、
 1)神奈川県警の検証評価について
 2)井上嘉浩の手記について
 のように、
 裁判をきちんと取材してれば、明らかな齟齬が生じるところを、
 あえて裁判記録を無視して、独自のストーリーを組み立ててしまっている。
 あるいは、そういう事実を知らないとするのであれば、それは明らかな取材不足であり、こうしたずぼらな報道を全国に放映することは、公共放送としては重大な過失と言うべきものです。
 その上で、「未解決事件」の冠を被せることは、恣意的であり、悪意すら感じるもはや放送による犯罪です。

 かつて戦時中の日本では、敗色濃厚な状況下にありながら、これを伏せたまま誤った情報を国民に伝えて信じ込ませ、さらに最悪の事態を招くという、報道の最大の罪を犯しました。
 それと同じことを、ここではしでかしているのではないでしょうか。

 特に、そうした傾向はオウム事件に多い。
 語るのもウンザリする森達也という人がいい例です。
 ここに賞を与えてしまう罪もまた然り。

 ちょうど1年前。菊地直子が捕まり、高橋克也の身柄が拘束されたとき、
 NHKのニュース番組で、キャスターや担当の記者たちが、
「これでオウムの謎の解明が進む」などと繰り返し公言していたことを覚えています。
 いったい、「オウムの謎」ってなんなのでしょう?
 そういっていれば、済むと思っているのでしょうか。
 ぼくには「オウムの謎」のほうが「謎」でした。
 もし仮に、裁判で明らかになっていること、既報されていることでも、自分たちが知らない範囲でのこと、あるいは理解できていないことを「謎」と呼んでいるのだとしたら、
 それは報道人としての責任放棄です。
 そうでなくても、公共放送として全国に支局を持ち、記者クラブに所属して優先的に傍聴席も与えられているNHKは、独自に検証できるだけの取材記録をしっかりもっているはずです。

 どうも、今回の番組を観ていると、
 オウム事件をわざと「未解決事件」として持ち上げて、
 そこに独自の解釈で謎解きを加える自作自演を行っているとしか思えない。
 そうして「NHKだけに」「今回、我々が入手した」などと功名心を充足させることに懸命になる。
 都合の悪い事実は無視し、客観性を欠いた事実を積み重ねて、
 誤った事実を全国放送で伝える。
 そうして事実を歪めていく。
 報道としての根幹に関わる重大な違反。

 この再放送のあとに「第3弾放映決定!」などとぶち上げて、
 尼崎連続殺傷事件を取り上げて放送していたようです。
 ちゃんとは視聴していませんし、そちらのほうはぼくは全く取材もしていません。
 ですが、同じ「未解決事件シリーズ」の括りで、同じNHKが制作したものであれば、中味は推して知るべしでしょう。
 少なくとも、この「オウムVS警察」は放送に値するものではありません。
 これを再放送を繰り返していたとは、とても信じられません。
 それどころか、このような報道手法は、倫理的にも問題が残るはずです。

 この「未解決事件シリーズ」の番組内容を再検証してみる必要があるのではないでしょうか。
 そうでなければ、日本の公共放送は責務を放棄したに等しい。

 あまりにも客観的事実に基づく取材検証を怠り、
 都合の悪い事実を無視して「未解決」と煽る、
 恣意的で酷い番組でした。

 いつから日本の報道やノンフィクションはこんな為体になってしまったのでしょうか。


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プロフィール

あおぬまよういちろう

Author:あおぬまよういちろう
【青沼陽一郎】
「ジャーナリスト」(週刊文春・週刊新潮)と呼ばれたり、
「ノンフィクション作家」(週刊現代)と呼ばれたり。
 日本文藝家協会・会員名簿には「作家・ジャーナリスト」とある。
 著書に『池袋通り魔との往復書簡』『オウム裁判傍笑記』(小学館文庫)『食料植民地ニッポン』(小学館)『裁判員Xの悲劇』(講談社)『私が見た21の死刑判決』(文春新書)『帰還せず-残留日本兵六〇年目の証言-』(新潮文庫)など。
 映像ドキュメンタリーに『虚像の神様〜麻原法廷漫画〜』シリーズ。

ぜぜ−ひひ【是々非々】
 よいことはよい、悪いことは悪いと公平な立場で判断すること。
「 是を是とし非を非とす る、之を知と謂い、是を非とし非を是とする、之を愚と謂う」『荀子』修身より

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