平田信公判にあたって

 先週発売された『文藝春秋』2月号に、
 オウム信者で死刑判決が確定している井上嘉浩死刑囚の手記が掲載されています。
 相変わらず、ヒロイスティックで自己心酔型の見立ては抜けきれていないよう。
 もっと教団内ではやりたい放題、教祖に取り入ることにも懸命で、逮捕されてからは嘘の供述で自己保身に走っていた側面など、お首に出さない。
 もっとも、こうしたところが、〝稚拙〟であり、高校時代に出家して社会経験を積まなかった〝少年〟のままの人格が犯した罪であるとして、弁護側はいわば「少年犯罪」を主張。
 そんな幼い側面も見越して(というより取り込まれて)、一審判決では無期懲役。
 だけど、彼の果たした役割は大きかった。直接殺人事件に手を下さなかったとはいえ、それもうまく経ち振る舞って実行犯を避けていたし、人を使って〝やらせる〟ことばかりで〝ずるい〟性格は、他の信者からも嫌われていたし、そんなところを見透かされて、仰々しい謝罪の言葉も、被害者からは嫌悪されてもいたし……。
 だいたいリムジン謀議で最初に地下鉄に薬品を撒けばいいと発案したのも、地下鉄の詳細な路線図を用意して実行犯に計画のダメ出しをしていたのも、彼だったはず。
 事件の評価からすれば、二審の死刑判決は正しいようにも思います。
 そうした観点を抜かして、一方的に犯罪者の言葉を掲載するのはいかがなものでしょう。
 寄稿した人も、対象者をヒロイスティックに取り上げることのうまい人ですから、こうした書き方になったのでしょうが、VXを「VXガス」と表記するような初歩的なミスもあったし、よくわかっていないのかも。
 もっとも、もう十数年前に一審判決の出る井上死刑囚の手記を巡って、あれやこれや裏での争奪戦のあったのも事実ですが……まあ、いまさら、これはないんじゃないかな。せめて彼の稚拙な一面にも触れておかないと、井上死刑囚の偏った印象だけを与える。

 そして、いよいよ明日から平田信の公判がはじまります。
 井上死刑囚も証人として出廷します。死刑囚が証人として出廷するのも異例です。
 報道も増えるのでしょうが、そこにかなり嘘もある。
 一昨年、平田信の出頭にはじまって、菊地直子、高橋克也の逮捕で、一気に高まったオウム報道の中で、
 〝オウムに詳しい〟としてテレビ出演していた弁護士なんて、平気で嘘や出鱈目を口にしていましたから。
 むしろ、弁護士としての立場のほうが危ういほど。
 一例を挙げると、ある夕方の報道ニュース番組のなかで「高橋克也は大幹部」「逃走支援者はたくさんいる」と発言していたのには度肝を抜かれました。

 その当時、ぼくもテレビ番組に呼ばれて解説のコメントをしていたのですが、
 前日から仕込みをしていた番組で、放送当日になってこの弁護士さんといっしょに出演して解説してくれ、と依頼されたことがあります。
 さすがにそんな虚偽を並べ立てる方との共演は御免被りたいので(だって、横で事実と違うことを発言したら、それをぼくが訂正しなければならなくなる。そんなの番組がかえって混乱するし、黙って見過ごすことも立場上できないでしょう)、だから、はっきり断ったら、
 そうしたら、こんどはぼくのほうが疎まれて干されてしまいました。
「面倒臭い奴は嫌われる。便利な奴を使いたいのがテレビ」
 関係者からそう言われました。
「だけど、それでいいのかな? 報道機関として、事実と違うことを伝えて」
 他の関係者からはそう言われました。
 後日、この番組でこの弁護士さんが単独で出演して解説をしていましたが、
 まあ、それも嘘八百! 驚きました(いまもそのときの内容を詳細に批判できます。あまりに酷いから、メモを残しておきました)。
 もっとも、いまこの番組はありません。視聴率の低迷で、番組は終了しています。
 そんなものかも知れませんね。
 だけど、この弁護士さんの発言は酷すぎるものがあります。

 また平田公判とオウム裁判の再開で報道の熱も上がるのでしょうが、
 どうなるのでしょう?
 もちろん、ぼくも取材者として参加しますが……。


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プロフィール

あおぬまよういちろう

Author:あおぬまよういちろう
【青沼陽一郎】
「ジャーナリスト」(週刊文春・週刊新潮)と呼ばれたり、
「ノンフィクション作家」(週刊現代)と呼ばれたり。
 日本文藝家協会・会員名簿には「作家・ジャーナリスト」とある。
 著書に『池袋通り魔との往復書簡』『オウム裁判傍笑記』(小学館文庫)『食料植民地ニッポン』(小学館)『裁判員Xの悲劇』(講談社)『私が見た21の死刑判決』(文春新書)『帰還せず-残留日本兵六〇年目の証言-』(新潮文庫)など。
 映像ドキュメンタリーに『虚像の神様〜麻原法廷漫画〜』シリーズ。

ぜぜ−ひひ【是々非々】
 よいことはよい、悪いことは悪いと公平な立場で判断すること。
「 是を是とし非を非とす る、之を知と謂い、是を非とし非を是とする、之を愚と謂う」『荀子』修身より

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