オウム的組織論

 講談社は、ぼくらが9月1日に行った抗議について、マスコミ各社の取材に、「選考は公正を期しており、選考委員から『授賞相当の作品』と評価をいただいている」とコメントするに留まっています。

 朝日新聞(asahi.com)  産経新聞(MSN産経ニュース)  Yahoo!ニュース(週刊文春)

 講談社といってもとても大きな会社です。
 ノンフィクションだけを売り物にしている出版社ではありません。
 実際に講談社が発行する「週刊現代」にも、つい最近までぼくも記事を寄稿していました。この部署には、目利きの優秀な方たちもいらしたはずなのですが……。
 忙しくて、いちいち他の部署のこと、専門外、職務外のことまで構ってはいられないのが実情なのでしょう。

 だけど、同じ講談社が刊行している『現代実用辞典』(第二版2010年2月一日第17印)を引いてみると、

 ノンフィクション 創作をまじえない、事実そのままのもの。記録文学、紀行文、記録映画など。 ⇔フィクション                (657ページ 上段)

 と、あります。
 いったい、どっちを信用していいのやら……。

 オウム真理教でも、数々の殺人事件を教団が引き起こしたものだとは知らなかった、信じられなかった、という一般信者が多かったことを思い出します。
「虫も殺してはならない」と説かれていた教団が人を殺すなんて……。
「事実そのままのもの」と説かれていたノンフィクションが出鱈目だったなんて……。
 いったい、どちらが組織の本性だったのでしょう。

 講談社が『A3』に賞を与えてしまった首謀者は〝22階〟と聞き及んでいます。
 文京区・音羽に聳え立つ講談社社屋タワーの22階。学芸局と呼ばれるノンフィクションの出版物を担当する部署。
 ここを中心に社内選考委員の29名が候補作を6冊に絞り込んで、最終的な選考会に諮るのだそうです。
 社内選考では「『A3』はノンフィクションではない」という意見もあったそうです。
 ところが、最終的には多数決によって候補として残っていったそうです。
 なんという素晴らしき衆愚政治の組織体。
 中味については、まったく検証しないのでしょうか。
 こんなに嘘ばっかりなのに。
 それで「選考は公正を期している」といってしまうのです。

 もっとも、同じ〝22階〟から発行される「g2」にも明らかな嘘が掲載されています。
 9月5日発行「g2」vol.8の167ページ。森達也氏の「受賞のことば」。
 地下鉄サリン事件の実行犯として、死刑判決を受けた林泰男死刑囚からの手紙を引用しながら、こう書き連ねています。
【地下鉄サリン事件が起きる二日前の深夜、林郁夫を部屋に呼んだ村井秀夫幹部(故人)はサリン散布を命じながら、「これは……だからね」と言ったという。この時に村井は、視線を階上に送るかのような仕草をした。これを見た林は、この指示は麻原彰晃からのワークであることを認識した。この証言は当時、とても大きく報道された。
 裁判においても麻原の共同共謀正犯を裏付ける重要な要素となったこの証言が虚偽であるかも知れないと記述した理由を林泰男は「部屋の位置が違う」と書いていた。事実だった。当時の麻原の部屋は第6サティアンの一階であり、村井がサリン散布を指示した部屋は三階だ。ならば「これは……だからね」と意味はまったく変わる可能性がある。
 でも法廷もメディアも、そして(僕も含めて)多くの人が、「……」は「(階上にいる)麻原の指示」と示すと思い込んでいた。その程度の検証や認識すら怠っていた。
 結局はこの程度の裁判だった。でもこの程度の裁判によって、戦後最大級と形容された事件の首謀者とされる男が裁かれた。謎や疑問は何も解明されていない】

 ……って、アホか。

 林郁夫証言の「これは……だからね」の指示場面については、麻原公判でも弁護人から執拗に突っ込まれていました。
 林郁夫自身の法廷でも、自身の弁護人からもこのあたりのことを尋問されています。
 その度に林郁夫は、建物の構造のことではなく、当時「正大師」とよばれる最高位にあった村井秀夫幹部の上の地位にいるのは教祖でしかなく、それを示して「上からの指示」を暗に伝えたものだと理解した、と繰り返し証言しています。
 それよりも、地下鉄サリン事件の裁判においてこの証言が重要だったのは、この指示伝達の場面には、林郁夫の他に地下鉄にサリンを撒くことになる廣瀬健一や横山真人、それに林泰男も同席していたことです。それなのに、林郁夫だけが「これは……だからね」と村井が動作で示唆したと言っている。林郁夫の語っていることは正しいのか、事件全体にまで及んで証言の信用性が問われたからです。このポイントを共犯者の弁護人たちが見逃すはずもありません。
 だから、あちらこちらの法廷でもこの審議はつくされています。
 「法廷もメディアも、そして(僕も含めて)多くの人が、「……」は「(階上にいる)麻原の指示」と示すと思い込んでいた」
 なんて大嘘。勘違いも甚だしいというか、自意識過剰というか、取材も碌にできていないというか……。
 それこそ「その程度の検証や認識」で裁判を批難するなんて……。
 まさに「結局はこの程度の本だった」のです。
 そこまでして麻原被告を擁護したいのでしょうか。
 こんな出鱈目を平気で掲載しているところをみると、「g2」に掲載される他の記事内容もこの程度の為体なのでしょう。
 とても信頼に足るものとは思えません。
 果たして、講談社の22階から出されるものすべてのものが信用に値するのでしょうか。
『「おもしろくて、ためになる」出版を』というのが講談社のモットーですが(講談社のHPにあります→講談社)、
「くだらなくて、害になる」本に賞を与えて、自らの出版物でも虚偽事実をまくしたてているのです。

 そして、こんなものに賞を与えて賞賛してしまった「謎や疑問は何も解明されていない」のです。

「g2」vol.8 167ページ  ※画像はクリックすると拡大します
受賞のことば


「およそ師を誤るほど不幸なことはなく、この意味において、被告人もまた、不幸かつ不運であったと言える」
 死刑判決を受けた林泰男死刑囚の判決文には、そうした異例の記載があります(「抗議書」でも引用しています)。
 にも拘わらず、相変わらず手紙を送る相手を誤っているようですね。
(ひょっとしたら、この手紙の存在も森達也氏一流の捏造かも知れません。)

 オウム事件の本質は、弟子が教祖にそのすべてをあずけてしまったこと。
 自己の思考や善悪の判断もすべてを。

「だって、尊師がいいって言ったんだもん」「尊師がやれって言ったんだもの」

 そのひと言で自己の責任もすべて上司に転嫁してしまったこと。
 上役が正しいといったことがすべて。過ちを犯しても許される。罪を犯したこともまた罪でなくなる。嘘も真になる。

「選考は公正を期しており、選考委員から『授賞相当の作品』と評価をいただいている」
 その広報コメントにオウム的組織の本質が重なって見えるのは、8年もの歳月をオウム裁判の取材に費やしてきた、ぼくだけなのでしょうか。

「だって、選考委員がいいて言ったんだもん」「選考委員が(賞を)やれって言ったんだもの」

 あらためて選考委員の横顔を眺めてみると、

立花隆 『文藝春秋』巻頭エッセイで、文京区に現存する樋口一葉ゆかりの井戸を「消えた」と書いていたことが「週刊新潮」の記事で露見。同記事によると、立花氏が述べる文京区に取材をしたという事実もないとのこと。
 選考会の総括で『A3』について、
「講談社ノンフィクション賞が評価しなければ、なかなか社会的な評価は得られない  「決して」とは言わないまでも、なかなか評価が得られない本だったろうと思います」
 と、発言しているからには、もはや確信犯です。

重松清 平気で編集者やハイヤーのドライバーを殴る(伝聞情報ですが、確度の高い話です)。他人の取材ネタを平気で盗む(これについては、近日同氏の著作が発表されたところで白日のもとに曝されるでしょう)。※ヒント:プロフィールのぼくの写真

 以前にも触れましたが、この人たちがBPOの委員になっているのですから、これまた驚きです。
 メディア全体の問題ではないでしょうか。

BPO 放送倫理・番組向上機構/放送倫理検証委員会


野村進 拓殖大学でノンフィクション、文章の書き方について教えている教授。「抗議書」にある内容の通りの『A3』の問題点を指摘しながら、選考会で評価を一転。A=2点、B=1点、C=0点という評価基準で、
「僕もCから一つ上げてBに1ポイント上げます」
 として、評価にも値しないと批判していたはずだったものに、実評価を与えてしまうのですから。意気地がないというか……。
 自著で「非常識」とする行為が『A3』に顕著でありながら、賞を与えてしまうなんて異常です。まずは、嘘を書かないことから学生に教えてはどうでしょうか。
 まあ、ノンフィクション作家として、ご本人の書かれるものもこんなものなのでしょう。

中沢新一 「抗議書」に詳しい。中央大学教授。選考会では『A3』を一押し。その理由が、
「森さんが『A』を撮り始めたころから、僕も一緒に取材してきました。オウム真理教に関する彼の仕事の全体を見渡したとき、高い評価を与えるべきだろうと思います。
 僕自身は、ある時期からこの仕事に関する発言を封じ込められてしまいました。ジャーナリズムや司法は、とにかく大きな物語にオウムを収め、麻原を死刑にしてしまえという方向で進んできました。そんなふうにはいかないぞという点では、僕も森さんとまったく同じ考えです」
 ですって! この人も何を見ているのでしょうね。
 そもそも、「発言の封じ込め」というより干されていたのにはそれなりの理由があるからでしょ。
 因みに、『A』については、「テレビに干されたから映画にした」なんて喧伝していますが、それも嘘ですから。

 この人たちは、いずれも大学で教鞭をとる教育者です。
 未来を背負う若者たちに、いったい何を教えているのでしょうか。
 嘘をついてもいい、なんて教える教育者、大学教授なんて聞いたことがありません。
 教授として採用している大学の沽券にも関わるでしょう。

辺見じゅん 選考会で「麻原章晃のことがよくわかった」と発言。やれやれ、ぼくたちが「抗議書」で危惧していた通りのマインドコントロールに、見事にはまっていますね。大丈夫なのかしら? ……と、思っていたらこのブログを立ち上げた直後に他界してしまいました。亡くなった方を悪くいうつもりはありませんが、騙されたままあの世にいかれたのだとしたら(あの世があるのかぼくにはよくわかりませんが)、心許ないばかりです。

 この人たちが、嘘、ヤラせ、捏造、盗用、パクリ、取材不足、事実誤認、歪曲、およそノンフィクションとしては禁忌される事象のオンパレードの著作を「授賞相当」と判断しているのです。

 もはやノンフィクションの自殺です。

「およそ師を誤るほど不幸なことはない」
 林泰男判決の一文です。

 あの一連の事件から、いったいいまの日本は何を学んだのでしょうか。
 ただただ、虚しくなるばかりです。



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プロフィール

あおぬまよういちろう

Author:あおぬまよういちろう
【青沼陽一郎】
「ジャーナリスト」(週刊文春・週刊新潮)と呼ばれたり、
「ノンフィクション作家」(週刊現代)と呼ばれたり。
 日本文藝家協会・会員名簿には「作家・ジャーナリスト」とある。
 著書に『池袋通り魔との往復書簡』『オウム裁判傍笑記』(小学館文庫)『食料植民地ニッポン』(小学館)『裁判員Xの悲劇』(講談社)『私が見た21の死刑判決』(文春新書)『帰還せず-残留日本兵六〇年目の証言-』(新潮文庫)など。
 映像ドキュメンタリーに『虚像の神様〜麻原法廷漫画〜』シリーズ。

ぜぜ−ひひ【是々非々】
 よいことはよい、悪いことは悪いと公平な立場で判断すること。
「 是を是とし非を非とす る、之を知と謂い、是を非とし非を是とする、之を愚と謂う」『荀子』修身より

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