この日に

 こうした場所で、自分の仕事のことを書くのはどうかとも思うのですが(その理由やこのブログを立ち上げた理由は最初に書きました)、しみじみ考えさせられることがあったので、ちょっとだけ触れます。

 いま発売の「週刊文春」(2011年11月10日号)に、ぼくの書いた記事が載っています。
 前々号に引き続き、ぼくたちが実際に食べる魚の放射能汚染について、独自の実験調査を行ったものです。海で働く人たちの現場も観てきました。
 8月にも食品全般の汚染調査を行ったのですが、今回は特に魚に限ったのは、海洋汚染の実態も知りたかったからです。
 実験計画はすべてぼくが立てました。
 食品全般の検査からはじまって、海産物の検査となると、魚を捌くところからはじめなければならなかったので、たいへんな手間がかかりました。
 だけど、誰かさんのように〝嘘〟と〝曲解〟で人を欺くような愚かな真似だけはしたくなかったので、どれだけの手間がかかっても、慎重に、そして正確さを大切にしました。
 とても一人だけの力ではできなったので(やったとしてももっと膨大な時間がかかったでしょう)、編集部からアシスタントをつけていただきました。
 文藝春秋に、この春に入社したばかりの新人編集者で、まさか彼も大学を出て出版社に勤めて、魚を捌くことになろうとは思ってもみなかったでしょう。
 早稲田大学卒業。22歳。社会人1年目。……ということは、あの斎藤佑樹投手とまったくの同期。本人に確認すると、
「ああ、そうですよ」
 と、あっさり。
 ということは、東北楽天のマー君こと田中将大投手や、広島のマエケンこと前田健太投手、巨人に入団していきなり日テレの女子アナと婚約しちゃった澤村拓一投手、はたまた早稲田から広島に入団した福井優也投手(個人的には一番応援しています!)と同世代。つまりは〝ハンカチ世代〟になるわけです。

 ちょっと前まで、平成生まれが成人式を向かえたということで、不思議な気分になっていましたが、彼らは昭和最後の1年から平成最初の春にかけて生まれて来たことになります。
 そういえば、昭和から平成に変わったのは、ぼくがまだ早稲田大学に在学していたときのことでした。
 その平成になって最初の年に、坂本弁護士一家が失踪するという事件が起きました。それから7年が経って、すべてはオウム真理教による一家殺害と死体遺棄であったことが明らかになるのでした。
 ……と、いうことは!?
 そこまで考えて、不意に思い当たりました。
 ひょっとして、坂本堤弁護士と妻・都子さんの長男・龍彦ちゃんと同じ世代ということになるのかな!?
「ああ、そうですよ」
 彼に話しかけてみると、これまた、あっさり。
「龍彦くんが生きていれば、ぼくと同じ歳になりますよ」
 それを聞いて、なんだか妙な感慨が走りました。
 これまでにも、坂本事件についてはいろんなところで書いてきましたが、ぼくの頭の中ではずっと1歳のままの龍彦ちゃんしかありませんでした。
 死んでしまえば、それから永遠に歳をとることはなくなります。
 生きていれば、龍彦くんは斎藤佑樹投手やマー君と同じ歳のまさに〝ハンカチ世代〟。ぼくの目の前にいる新人編集者のような青年になって、バリバリ仕事をこなしていたんですね。
 オウム真理教というところは、こうした若者の大切な未来を奪ってしまった。
 それと同時に、時間の流れの偉大な力を実感した瞬間でした。
 だからこそ、なのです。
 次世代、この若い世代に誤った見識を伝えてはならないのです。

 坂本事件を含めて「弟子の暴走」論を主張するのも結構ですが、虚偽の事実と歪曲で塗り固められた書物を、素晴らしい! と賞賛して賞を与えてしまうなんて、やっぱりどうかしています。異常です。
 ノンフィクションを標榜するからには、嘘は絶対にいけません。
 それを講談社という巨大組織が授賞に値する作品と持ち上げ、この次世代の若者たちが虚偽事実を、真実であると信じてしまう。
 麻原章晃を最終解脱者だと持ち上げて権威付けしてしまった弟子たちがいて、そこに惹きつけられて教団に入信した若者が、どのような末路をたどったでしょうか。
 意図的な嘘までちりばめた誤った歴史認識、虚偽事実を絶賛して後世に残すなんて、それが出版社の役割でしょうか。
 まして、この一連のオウム事件は多くの人の命を奪っています。
 深夜にアパートに押し入り、就寝中の家族3人を抹殺する。そこには当時1歳だった龍彦ちゃんもいた。襲われる両親の異常に気付き、泣き出した1歳の子どもの鼻孔を塞いで窒息死させる。
 そして遺体は、長野、新潟、富山の冷たい山の中に離ればなれに埋める。7年もの間、誰にも知られることなく……。
 その現実から目を背けて、挙げ句に嘘を並び立てて、何がノンフィクションなのでしょうか。

 奇しくも、今日は11月3日です。
 祝日であることも忘れた実行グループが、勤務先から帰るはずのない坂本弁護士を路上で待ち構えていた日です。
 そして、日付を越えた午前3時に、坂本弁護士の自宅に押し入るのでした。
 22年前のことです。22年前のこの日に、龍彦くんは亡くなりました。彼のお父さんも、お母さんもいっしょです。
 ご遺族の方々は、毎年この日をどんなお気持ちで迎えるのでしょうね。

 妻・都子さんの実父でいらっしゃる大山友之さんは、かつてぼくのインタビューにこんなことを話しておいででした。
 大山さんは終戦を小学生の時に迎えたそうです。
 それまで、ある朝の朝礼で校長先生が「ぼくが『死ね!』といったら、君たちはお国のために死ぬんだ!」と息巻き、それで大山さんたち生徒もその気になって、昂揚していたと言います。
 ところが、敗戦と同時に、その同じ校長がこう言ったそうです。
「これからは民主主義の世の中だ。君たちが民衆主義の船を漕ぎ、舵をとっていく時代だ」
 これには参った、と大山さんは言います。
 民主主義と言われても、なにが何だがわからなかった。個人の尊重や権利と言われても、よくわからない。戦後の価値観の大転換。何をどうしていいのかわからない迷い。その迷いの中で、大人になり、結婚をし、やがて子どもを授かった。子どもが生まれて嬉しいことは確かだったが、それよりも心配が先にきた。
 この子どもたちに、何を教えたらいいんだろう。
 どうやって育てていけばいいんだろう。
 はっきり言って子育てが怖かった……。
 それから、事件が起きて、娘家族を殺した相手の裁判を見るようになった。
 自分の権利とか、意志だとか、そういったものばかりを大きく取り上げてしまい、周囲にも同じように自分の意志や権利を大切にする人がいることを、気付かずに振る舞うオウム信者の態度を見ながら、感じたと言います。

「オウムの信者を見ていると、自分らが育てた子どもらの世代。
 結局、自分たちの子育てが失敗したかな……」

 そんな胸の内を語ってくださいました(テレビドキュメンタリー『虚像の神様〜麻原法廷漫画〜』に収録されています)。
 自分の子どもを殺した相手をして、そこまで考える遺族の姿に、深く胸打たれました。いま思い出しても、ちょっと涙が込み上げています。

 やはり、誤った事実が賞賛されて後世に残っていく、この取り返しの付かない事態が、悔やまれてなりません。

 目に見えない放射性物質は、確実に海の魚たちに浸透していました。
 それをぼくたち人間が食べて、汚染されていくことは想像に難くありません。
 健康被害がどう生じるか、それも定かでありません。
 それと同じように、ノンフィクションの世界でも、目に見えないおかしなことが起こっていて、それがひたひたと現実世界を犯していくように思えてなりません。
 せめて〝龍彦ちゃん世代〟の若い人たちには、大切なものを見誤っては欲しくない。
 そう強く思う、今日この日でした。

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プロフィール

あおぬまよういちろう

Author:あおぬまよういちろう
【青沼陽一郎】
「ジャーナリスト」(週刊文春・週刊新潮)と呼ばれたり、
「ノンフィクション作家」(週刊現代)と呼ばれたり。
 日本文藝家協会・会員名簿には「作家・ジャーナリスト」とある。
 著書に『池袋通り魔との往復書簡』『オウム裁判傍笑記』(小学館文庫)『食料植民地ニッポン』(小学館)『裁判員Xの悲劇』(講談社)『私が見た21の死刑判決』(文春新書)『帰還せず-残留日本兵六〇年目の証言-』(新潮文庫)など。
 映像ドキュメンタリーに『虚像の神様〜麻原法廷漫画〜』シリーズ。

ぜぜ−ひひ【是々非々】
 よいことはよい、悪いことは悪いと公平な立場で判断すること。
「 是を是とし非を非とす る、之を知と謂い、是を非とし非を是とする、之を愚と謂う」『荀子』修身より

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