司法の民主化なんてあり得ない

東電旧経営陣の「起訴相当」判断
 検察審査会が、東京電力福島第一原子力発電所の事故をめぐって、同社の旧経営陣の不起訴を不当、起訴すべきである、との判断を下しました。

http://www3.nhk.or.jp/news/html/20140731/k10013427481000.html
http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/140731/trl14073111310002-n1.htm

 起訴が相当とされたのは、勝俣恒久元会長、武藤栄元副社長、武黒一郎元副社長の3人。
 勝俣元会長といえば、ご自宅の関係で、よく四谷三丁目あたりをうろうろしていて、交差点から北にちょっと行ったところにある『大勝軒』に入る姿を写真週刊誌にも撮られていました。
 だけど……

あ!会長!そのラーメン屋は……
 実は、あそこにある『大勝軒』は、地元の人たちの話によると、
「テレビや雑誌で紹介されている、あの有名な本家本元とはまったく関係ない」そうです。
 そのことを勝俣さんはご存知で通われていたのでしょうか。

 さて、これで起訴相当なったところで、起訴はあるのでしょうか。
 小沢一郎代議士の例が思い浮かびますね。
 検察は再捜査といいながら、言い訳程度のことをして、また不起訴。
 再度の検察審査会でまた不起訴不当。起訴相当。
 それで自動的に強制起訴になったとしても、どうせまた無罪でしょうね。
 強制起訴で有罪になった例なんて、ほとんどありませんから。これまでに8件中2件だけ。明石花火大会歩道橋事故やJR福知山線脱線事故、やっぱり小沢一郎さんのような大きな事件になると、まず刑事責任が問えずに終わっています。
 検察審査会って意味があるのでしょうか。
 市民感覚では刑事裁判ができないことを物語っています。

小沢一郎「無罪だったけど、なにか!?」


最高裁が裁判員を裁く!
 そういえば、裁判員裁判で下った判決の量刑が重すぎるとして、この判決を破棄し、自判することがありました。ちょうど1週間前、7月24日のことになります。
 両親が1歳の娘の頭を殴ったり、床に打ち付けるなどの暴行を加えて死なせた傷害致死罪に問われた事件。求刑懲役10年に対して、1.5倍の懲役15年の判決が下ったもの。これを最高裁は、父親を懲役10年、母親を懲役8年としました。量刑の公平性からすれば、それが判例に従った〝相場〟なのでしょうけど。

http://www.yomiuri.co.jp/national/20140724-OYT1T50078.html
http://www.nikkei.com/article/DGXNASDG24H0J_U4A720C1000000/

 市民参加による司法への市民感覚の導入なんて、できないことを指し示している。
 裁判所の判決が軽すぎないか、裁判所に一般常識がないのではないか、そんな議論が裁判員制度導入を後押ししたはずでした。
 だけど、市民の自由な裁量で人を裁くことなんてできないことを示しちゃった。
 かつての判例、量刑の範囲内で裁判をするのなら、市民が参加する必要なんてないはずです。
 参加したところで、裁判所や司法官僚のいいなり。

 もう、これでわかったでしょう。
 裁判員制度の導入の本当の目的。その正体。
 導入の前から、量刑の公平性の問題も含めて、指摘していたのに。


裁判員Xの悲劇『裁判員Xの悲劇 最後に裁かれるのは誰か』
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裁判員制度の目的とは……
 裁判員制度の目的は、国民の意識改革が目的。
 統治客体意識からの脱却。20世紀の終わりからはじまった一連の規制改革、言い換えれば米国型の社会構造に転換するための国民の意識改革。「お上」(おかみ)がなにでもやってやってくれるという、意識を変える。自己責任型社会を構築するための教育の場所。それが裁判員制度。
 裁判の結果よりも、裁判所に引き込むことが大事。
 市民感覚の導入なんて意味がない。本当に市民感覚を持ち込みたいのなら、民事裁判でも裁判員制度を導入すればいい。
(だけど、それもできない。だって、行政訴訟にでもなれば、国にとって不利になっちゃう可能性が高いから。いまなら、原発再稼働問題で裁判員が民事参加していたら、どうなっちゃっていたんだろう……。)

 まあ、最後は「お上」(最高裁判所)の許す範疇でないと判決を認めないとなると、これまた意味をなさなくなるでしょうけど。
 検察審査会にしても裁判員制度にしても、司法の市民参加なんて、これから形骸化していくのでしょう。




 結局、裁判員の量刑判断も最高裁によって裁かれちゃった。
 本当に裁判員にとっての悲劇かも。

裁判員Xの悲劇
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プロフィール

あおぬまよういちろう

Author:あおぬまよういちろう
【青沼陽一郎】
「ジャーナリスト」(週刊文春・週刊新潮)と呼ばれたり、
「ノンフィクション作家」(週刊現代)と呼ばれたり。
 日本文藝家協会・会員名簿には「作家・ジャーナリスト」とある。
 著書に『池袋通り魔との往復書簡』『オウム裁判傍笑記』(小学館文庫)『食料植民地ニッポン』(小学館)『裁判員Xの悲劇』(講談社)『私が見た21の死刑判決』(文春新書)『帰還せず-残留日本兵六〇年目の証言-』(新潮文庫)など。
 映像ドキュメンタリーに『虚像の神様〜麻原法廷漫画〜』シリーズ。

ぜぜ−ひひ【是々非々】
 よいことはよい、悪いことは悪いと公平な立場で判断すること。
「 是を是とし非を非とす る、之を知と謂い、是を非とし非を是とする、之を愚と謂う」『荀子』修身より

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