懐かしい名前

 滝本太郎弁護士さんのブログに、懐かしい名前を見つけました。

『生きている不思議 死んでいく不思議』-某弁護士日記
http://sky.ap.teacup.com/takitaro/2226.html

このブログへのコメントは実名でお寄せください

 たいへん熱心な私の読者のようで、このブログに長文のご意見をお寄せくださる方がいらっしゃいます。
 ありがたいことです。
 ですが、福島第一原子力発電所の事故による「除染」も「強制避難」も必要なかったと主張される方に、「非科学的」と批判されても困ってしまいます。
 しかも、そのコメントがあまりにも執拗で、誹謗中傷が入り乱れたものとなっております。
 熱心な読者というより、ストーカー紛いにも見受けられます。
 そこでこれ以降は、このブログへのコメント投稿は実名でお願いします。

 わかりますね。

 ○●●くん。

 きちんと実名で投稿していただけると、その主張のトンデモぶりも周知されることになります。

 この匿名で送られてくるコメントでは、私を売国扱いして、自身は強固な日本の保守本流を気取っているようですが、本当の日本男児あるいは大和女子ならば、匿名性の影に隠れて言いたいことだけを書き連ねる、こんな卑怯なことはしません。
 私がこのブログで批判的意見を掲載するにも、その根拠を挙げて、実名でやっていることです。

 言論は自由闊達であるべきだと考え、このブログに寄せられるコメントには、あえてこちらからコメントすることはしませんでしたが、あまりにも執拗に愚かしいことを繰り返し批判してくるので、ひとつだけ言及しておきます。

 私が著作や週刊誌で「放射能という目に見えない物質」などと書くのは、そもそも「放射能」という日本語が一般的に不鮮明で曖昧模糊として使われており、放射線を出す能力のことを言ったり、「放射能を浴びる」「放射能汚染」などと、放射線や放射性物質のことをさしたりと、情報発信者や受け手によっても変容し、いたずらに恐怖を煽る対象ともなっています。そうした事情を揶揄して「見えない物質」と同意義である、もっと言えば皮肉を込めて、読者目線から、あえて表記しているものです。文脈の前後を読めば、象徴的に表現されていることはわかるはずです。

 私の知る学生時代の○●●くんも、機知に疎いのか、視野が狭いのか、一方方向のことしか目に入らず、行間を読めなかったり、洒脱が理解できなかったり、それで人間関係で随分と苦労されていた記憶です。
 ただ、それも二浪して大学に入られたから、周りとソリが合わなかっただけかも知れません。

 ○●●くんは、いまも元気でやっているのかな、と検索をしてみると、すでにネット上では「トンデモ」の評価が付いている。
 その肩書きは「東京大学医学博士」。
 東大教授や東大准教授なら、東大に残っていることがわかりますが、東大博士となると、ただ東大の博士号をとっただけのことになります。
「東京大学」という肩書きで権威付けをしたい、詐欺的な表現であって、あまりに残念な思いをしたことがあります。
 そもそも、そんな人物が理事長を務めている「一般財団法人○●●博士記念低線量率放射線医科学研究開発機構」なんて、実体があるのでしょうか。


 もっとも、○●●くんが、私の敬愛する友人の家族に、トラウマになるようなセクハラ行為をしたことを知った時から、私にとって軽蔑の対象となりました。


 繰り返しますが、このブログにコメントをお寄せいただくのであれば、どなた様も実名でお願いします。


 それでも執拗にわけのわからないこと、誹謗中傷の匿名コメントを寄せられるようでしたら、以下を真似て対応させていただきます。

 プロ野球選手の妻がネット上で誹謗中傷されたことで、匿名投稿者を探し出し、損害賠償請求をしたというものです。
http://news.livedoor.com/article/detail/14300498/
http://news.livedoor.com/article/detail/14224859/
https://www.j-cast.com/2018/01/29319829.html?p=all

 匿名で誹謗中傷していれば済む時代ではありません。
 幸い私には弁護士さんの知り合いは多いですから。


オウム裁判 東京新聞の酷い社説

 一連のオウム裁判が終結して、死刑囚の移送がはじまり、いつ死刑が執行されてもおかしくない段階に入りました。
 テレビ局では、それも死刑は朝の執行が通常ですので、朝の情報番組などはここ数日、その準備をして待ち構えているようです。
 おかしな言い方ですが、オウム事件がヘンに盛り上がっています。

 そんな折、このブログでは前回「オウム裁判終結に思うこと」と題して、新聞の論説について触れています。そのあとに見つけて、しばらくは触れないでいたのですが、滝本太郎さんが新聞社に対して、この社説の修正を要請していることを知ったので、この時期にあえて言及しておきます。

 東京新聞の1月29日の社説です。
 一連のオウム裁判が終結したことを受けて書いています。

 ネットでも閲覧できましたので、転載してみます。

オウム裁判 終結しても残る悔い|東京新聞
http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/editorial/CK2018012902000134.html

【社説】
オウム裁判 終結しても残る悔い

2018年1月29日

 オウム真理教事件は犯罪史に刻まれる。元代表が逮捕されて二十三年たち裁判が終結。計十三人の死刑が確定した。怪物のような組織を生んだのは何か。なぜ防げなかったか。悔いがまだ残る。

 地下鉄サリン事件、松本サリン事件、坂本弁護士一家殺害事件、東京・目黒公証役場事務長監禁致死事件…。一九八〇年代から九〇年代にかけ、オウム真理教が起こした数々の事件で、計二十九人もの人が死亡した。負傷者は実に六千人以上を数える。

 裁判が始まったのは九五年七月だった。今月下旬に殺人罪などに問われた元信者高橋克也被告に対し、最高裁が上告を棄却したことで、無期懲役が確定した。すべての裁判の終結を意味する。費やした年月は二十二年六カ月にも及んだ。何と長い歳月だったか。

 震撼(しんかん)したのは犯罪による犠牲があまりに多かったこと。サリンやVXガスなどという、当時は一般人には未知の化学物質を教団で製造していたことにもある。猛毒の殺人兵器としてである。その衝撃もあった。未然に察知、防げなかったかという悔いは大きい。

 富士山のふもとの村に「サティアン」と呼ぶ建物をいくつも並べ、「疑似国家」の拠点であったこともわれわれの常識観を大きく揺るがした。何のためにと。

 元代表の麻原彰晃死刑囚=本名・松本智津夫=に洗脳されていると言われていた教団幹部らも、法廷では洗脳からすんなり解けたように発言していた。

 <麻原のような怪物が二度とこの世に生まれてこないためにも、すべて真相を積極的に話します>

 <一人の人間として、医師として、宗教者として失格だった>

 だが、肝心の麻原死刑囚は「私は完全な無罪です。無実です」と述べるばかりだった。そうなのだ。真相にたどりつけない。もどかしさは、麻原死刑囚が法廷で何も語らなかったからなのだ。

 ヨガサークルから武装化した教団へ。社会への恨みが肥大化したのか。有為な若者たちが教祖に惹(ひ)かれたのはなぜか。凶悪事件の検証作業が今後も必要なのはそこにある。

 後継団体「アレフ」は今も「麻原信仰」を強める。約千四百五十人もの信者がおり、毎年百人程度の入信者がいる。事件を知らない若い世代が多いそうだ。

 その意味でもオウム事件は風化していない。悪夢のような事件であった。だからこの社会はあの悪夢こそ教訓とすべきなのだ。


 酷いものです。

>震撼(しんかん)したのは犯罪による犠牲があまりに多かったこと。サリンやVXガスなどという、当時は一般人には未知の化学物質を教団で製造していたことにもある。

 「VXガス」と書いています。
 犯行に使われたのはガスではありません。液体であって、気体ではない。
 液体の「VX」を滴下して殺害しようとしたのです。
 これはサリンを「サリンガス」と書くようなもので、新聞社としてはとても恥ずかしい間違いです。
 犯行態様もわかっていないのでしょうか。

>元代表の麻原彰晃死刑囚=本名・松本智津夫=に洗脳されていると言われていた教団幹部らも、法廷では洗脳からすんなり解けたように発言していた。

 洗脳されていると言われていた……? 教団幹部が!?
 そんなこと聞いたことがありません。
 「マインドコントロール」を弁護側が主張していたことは、多くの裁判でありました。
 ですが、マインドコントロールと洗脳は違います。
 洗脳とはどこから出てきたことなのでしょうか。根拠が定かでありません。
 マインドコントロールを洗脳と混同しているのなら、大失態です。

>だが、肝心の麻原死刑囚は「私は完全な無罪です。無実です」と述べるばかりだった。そうなのだ。真相にたどりつけない。もどかしさは、麻原死刑囚が法廷で何も語らなかったからなのだ。

 「私は完全な無罪です。無実です」そう語ったのは、たった1度きり。
 それも裁判がはじまった当初、1996年10月18日の第13回公判で、開廷と同時に意見陳述を求め、この日予定されていた地下鉄サリン事件に関する井上嘉浩の「反対尋問を中止していただきたい」と懇願した時に言った言葉。

 それも正確には、「私は全面無実です」と言ったはずです。私のメモにはそうなっています。

 その時は証言台の前にしっかり立って、「この件につきましては、すべて私が背負う(しょう)ことにします。ですから、今日の証人を中止していただきたい」とまで語っていた。
 本当に、この日は饒舌に、時には裁判長を持ち上げたりしながら、反対尋問をしたら弁護人は「カルマを受けて死ぬ」と言ったり、「全国民が不幸になる」「闇に落ちる」という主旨の発言までしています。
 それでも弁護団は反対尋問をはじめてしまった。そこで麻原と弁護団の意思疎通がはかれなくなり、不規則発現がはじまった。
 麻原を黙らせてしまったのは、弁護団です。

 それから半年後。
 1997年4月24日の第34回公判で、麻原はきちんと罪状認否をしている。
 起訴されたすべての事件について語っている。少なくとも彼はすべての事件のことを承知していて、彼なりの見解を述べていた。
 その主張について裁判所がどう判断したのか、判決文を読めばわかることです。
 法廷で何も語らないとは、虚報です。
 結局、これを書いた人も自分の中で思い描く〝真相〟とやらに合致しない不満を、虚実で正当化しようとしている。

 この社説を読んだ滝本太郎弁護士は、即日、この内容の修正要請を配達証明で東京新聞に送付しています。

 実は、この社説を書いたのは、オウム裁判がはじまった当時の司法キャップで、現在は司法担当の論説委員。
 そんな人物が「VXガス」と書き、教団幹部が「洗脳されていると言われる」と書き飛ばし、麻原が法廷で何も語らないと書き流す。
 思い込みと想像で書いていると言っても過言ではなく、これはもはや新聞社の体を成していない。

>凶悪事件の検証作業が今後も必要なのはそこにある。

 この社説の説く「凶悪事件の検証」それ以前の問題です。

 こんな酷い社説は取り消すべきでしょう。
 明らかに事実関係に間違いのある誤報なのですから。

 それとも、東京新聞は歴史を誤って伝えること、人々を裏切ることが社是であるのなら、致し方ありませんけれど。
 こんなことでオウム事件、裁判について報道されては、堪ったものではありません。

 参考までに、当時発行の『青ちゃん新報』を添えておきます。
 東京新聞より、よほど〝弊紙〟のほうが正確です。

『青ちゃん新報』1996年10月19日
※クリックすると拡大します!


【ことば】『青ちゃん新報』
 オウム裁判を取材していた青沼陽一郎(つまり私)が、当日の裁判の模様を手書きで〝かわら版〟に仕立て、関係各所に配布していたもの。ここから特ダネを拾った新聞社もあった。話題となって週刊誌に取り上げられたこともある。



オウム裁判終結に思うこと

 オウム裁判終結。

 一連のオウム事件に関与した最後の刑事被告人だった高橋克也被告の上告を最高裁判所が1月18日付で棄却。これで一連のオウム裁判が終結しました。

 メディアは19日の夕刻から速報をはじめ、翌日の全国紙の多くが一面でこのことを伝えていました。
 ぼくも、産経新聞からコメントを求められました。

 そして、日曜日。
 オウム事件と関わりのある地域の地方紙が、オウム裁判終結についての社説を載せています。
 ネットで閲覧できたので、ここにも転載してみますが、一読しただけで頭が痛くなる内容です。

 例えば、松本サリン事件の長野県の地方紙、信濃毎日新聞。
 『オウム事件 終わりにできない』とのタイトルで以下のように書いています。

オウム事件 終わりにできない|信濃毎日新聞
http://www.shinmai.co.jp/news/nagano/20180121/KT180120ETI090007000.php

オウム事件 終わりにはできない

 裁判は終結しても事件は終わっていない。

 オウム真理教を巡る一連の刑事裁判が事実上、幕を閉じた。最後の裁判だった元信者高橋克也被告の上告審で最高裁が被告の上告を棄却する決定をした。一、二審の無期懲役判決が確定する。

 国内で発生した最大のテロ事件である。1994年の松本サリン事件では8人が犠牲になり、重軽傷者は600人に及んだ。95年の地下鉄サリン事件では13人が亡くなっている。坂本堤弁護士一家殺害などを含め、犠牲者は計29人に上る。国が確認した被害者は計6500人以上になる。

 捜査と裁判は長期化した。95年3月の強制捜査から既に23年だ。教団幹部ら約190人が起訴され、教祖の松本智津夫死刑囚ら13人の死刑、5人の無期懲役判決が既に確定している。遠くない将来、刑が執行されるだろう。

 それなのに、事件はまだ「闇」の中にある。

 被害者の多くは、その場に住んでいたか、居合わせただけだ。何の理由もなく命を奪われ、身体を傷つけられた。遺族の心は癒えず、サリンなどの後遺症に悩む被害者も少なくない。

 松本死刑囚は一審途中から黙して語らなくなり、弟子たちに無差別テロを命じた動機は解き明かされていない。

 手を下した信者の大半は、大学などで学んだ青年たちである。自分たちの行為が何をもたらすか理解していたのか。被害者の命を顧みることはなかったのか。教祖の命令を疑うことなく実行した理由は不明確なままだ。

 私たちはこの事件をどう受け止めればいいのか。

 浮き彫りになっているのは、一つの価値観を一方的に与えられ心が支配された時、人は他者に対する思いやりや優しさを簡単に捨てかねない、という現実だ。

 人と人とのつながりが薄れ、孤立している現実がある。不安が高まれば大きな力に引き寄せられる。カルトはそんな社会に染み込みやすい。

 根源的な問いに対する答えは、事実の追求なしには得られない。刑の執行まで時間は残されている。重要な事件に関わり服役中の信者もいる。手段はまだある。

 事件を知らない世代が成人となり、やがて社会の中心的な役割を担っていく。記憶と教訓を未来に伝えていかねばならない。「一部の異常な人たちによるテロ」として割り切るには、あまりに重大な事件である。

(1月21日)


>それなのに、事件はまだ「闇」の中にある。

 どこが「闇」なのでしょう?

>松本死刑囚は一審途中から黙して語らなくなり、弟子たちに無差別テロを命じた動機は解き明かされていない。
>教祖の命令を疑うことなく実行した理由は不明確なままだ。

 いや、みんなそれぞれ裁判で語っていますよ!
 松本死刑囚だって、公判で彼なりの罪状認否と主張をして、それを裁判所がどう判断したか、判決文を読めばわかることです。

>浮き彫りになっているのは、一つの価値観を一方的に与えられ心が支配された時、人は他者に対する思いやりや優しさを簡単に捨てかねない、という現実だ。
>人と人とのつながりが薄れ、孤立している現実がある。不安が高まれば大きな力に引き寄せられる。カルトはそんな社会に染み込みやすい。

 一方的に一つの価値観を与えられて心が支配されたという事実は、少なくとも一連のオウム事件にはありません。ちゃんと取材すればわかること。
 思い込みで書き飛ばし、読者の心を支配しようとしているのは、この社説のほうです。


 次に、熊本日日新聞。
 麻原彰晃こと松本智津夫死刑囚の出生地にして、かつては教団が本拠地を建設しようとした同県波野村がお金を払って教団施設を立ち退かせたことで知れ渡りました。

オウム裁判終結 事件の幕は下りていない|熊本日日新聞
https://kumanichi.com/column/syasetsu/314287/

オウム裁判終結 事件の幕は下りていない
1月21日 10:10
 1995年の地下鉄サリン事件で実行犯を車で送迎し、殺人罪などに問われた元オウム真理教信者高橋克也被告(59)の上告審で、最高裁は被告の上告を棄却する決定をした。無期懲役が確定する。

 オウム事件「最後の被告」の裁判が終わり、国内の犯罪史上、類を見ない凶悪犯罪を繰り返した教団を巡る刑事裁判は強制捜査から23年を経て全て終結する。これにより、教祖の松本智津夫死刑囚(62)ら死刑判決を受けた13人の刑執行が現実味を帯びてくる。

 しかし、一連の事件の中には未解決事件があるほか、松本死刑囚が公判で意味不明の発言をしたり、口をつぐんだりして動機など事件の核心を語らず、多くの謎も残されている。なぜ、この社会に教団のような「狂気」が生まれ、多くの若者が引き寄せられたのか。その問いと向き合い、今後も検証を重ねることが必要だ。

 死刑が確定した13人は、地下鉄サリン事件のほか、89年の坂本堤弁護士一家殺害事件や94年の松本サリン事件などに関与。教団による一連の事件の犠牲者は29人に上る。このうち地下鉄サリン事件では、現場となった東京都区内の地下鉄に居合わせただけで何の罪もない13人が死亡し、6千人以上が重軽傷を負った。

 教団による一連の事件で起訴されたのは約190人。背景事情や人間関係の複雑さもあり、審理は長期に及んだ。中でも、松本死刑囚の審理は一審だけで約7年10カ月を要し、公判回数は257回に達した。

 初めのうちは冗舌で、自身の関与を証言する弟子にも「地獄に落ちるぞ」とつぶやいた松本死刑囚だが、後半は口を閉ざし、2004年2月に死刑を言い渡された。弁護団も意思疎通を図れなくなり、06年9月に刑が確定。このため一連の事件の動機などが語られることはなく、真相解明には至っていない。また警察庁長官銃撃など2事件は未解決のままだ。

 事件は遺族らに癒えない傷を残した。サリンなどの後遺症に苦しみ続ける被害者も少なくない。死刑囚の刑が執行され、事件が遠い過去となったとしても、このような悲惨な事件が繰り返されるようなことがあってはならない。

 裁判終結に当たり、公証役場事務長監禁致死事件で当時68歳の父を亡くした仮谷実さん(57)は「真実はまだ分かっていない。闘いは終わっていない」と複雑な思いを明かした。刑事裁判の終結は一つの節目ではあろうが、事件の幕はまだ下りていない。

 教団は3団体に分かれて活動しており、公安調査庁はいずれも松本死刑囚の影響下にあるとみて監視を続けている。3団体の国内信者は計約1650人に上り、ロシアにも信者がいるという。

 オウム事件以降も、世界ではテロ事件は絶えない。事件に関与した人々が感じた、生身の人間としての思いや痛み、悲しみをどう後世に伝えるのか。事件を風化させさせない-。そのことを社会全体の課題として受け止めたい。


>しかし、一連の事件の中には未解決事件があるほか、松本死刑囚が公判で意味不明の発言をしたり、口をつぐんだりして動機など事件の核心を語らず、多くの謎も残されている。なぜ、この社会に教団のような「狂気」が生まれ、多くの若者が引き寄せられたのか。その問いと向き合い、今後も検証を重ねることが必要だ。
>初めのうちは冗舌で、自身の関与を証言する弟子にも「地獄に落ちるぞ」とつぶやいた松本死刑囚だが、後半は口を閉ざし、2004年2月に死刑を言い渡された。弁護団も意思疎通を図れなくなり、06年9月に刑が確定。このため一連の事件の動機などが語られることはなく、真相解明には至っていない。また警察庁長官銃撃など2事件は未解決のままだ。

 麻原の口を噤んだのは麻原弁護団。それも主任の安田好弘弁護士。だから意思疎通も図れなくなったのに!
 動機は、ちゃんと公判で語っていますし、それを認定するかどうかは裁判所のお仕事。
 これまた、ちゃんと取材ができていません。
 そもそも、警察庁長官狙撃事件は、オウム真理教が関与した事件かどうか、それすらわかっていません。
 完全な思い込みの社説です。


 そして、徳島新聞。
 地下鉄サリン事件のリムジン謀議に参加して具体的な発言と行動をとりながら、起訴されなかった信者の出生地です。
 実家は徳島市でも有名なお医者様でした。
 なぜ、起訴されなかったのか、そちらのほうがぼくにとっては〝真相が分からない〟のですが……

オウム裁判終結 真相はわからないままだ|徳島新聞
http://www.topics.or.jp/editorial/news/2018/01/news_1516495986688.html

1月21日付
オウム裁判終結 真相は分からないままだ

 通勤途中の市民らを無差別に狙った1995年3月の地下鉄サリン事件は、社会を震(しん)撼(かん)させた。

 なぜ、多くの若者たちがオウム真理教に引き寄せられ、凶行に走ったのか。その核心は今も闇に包まれたままだ。

 最高裁第2小法廷が、地下鉄サリン事件で実行犯を送迎し、殺人罪などに問われた元オウム真理教信者高橋克也被告の上告を棄却する決定をした。無期懲役が確定する。

 これで、約190人が起訴された一連の事件の刑事裁判が全て終結した。

 強制捜査から約23年。今も後遺症に苦しむ被害者や、肉親らを亡くした遺族にとってあまりにも長い歳月だった。

 教団を率いた松本智津夫死刑囚=教祖名麻原彰晃=ら13人は死刑が確定している。共犯者の裁判が続く間は、見送られてきた死刑執行の時期が焦点になる。

 死刑囚は犯した罪と向き合い、償わなければならない。

 残念なのは、松本死刑囚が真相を語らなかったことだ。不規則発言や居眠りを繰り返し、被告人質問には、沈黙したままだった。

 東京地裁の死刑判決の後、東京高裁は審理を打ち切り、最高裁も特別抗告を棄却し、死刑が確定している。

 今回、遺族らは、やりきれない思いを吐露した。「真実はまだ分かっていない。闘いは終わっていない」「事件を知らない若い人に伝えていく機会を増やしたい」

 癒えない心身の傷を抱えながら、事件の風化も気にしている。

 社会が手をつないで事件を語り継ぎ、繰り返さないようにすることが、犠牲となった人たちの死に報いる道だ。

 そのためには、裁判以外でも、あらゆる手法で事件を検証し、分析する必要がある。

 一つの例は、地下鉄サリン事件で使われたサリン製造に関与したなどとして刑が確定した元教団幹部の中川智正死刑囚の手記だ。2016年11月号の専門誌「現代化学」に掲載されたもので、かつて「尊師」と仰いだ松本死刑囚を「麻原氏」と呼び、殺人や化学兵器製造と無縁の宗教団体を変容させたとし「宗教家以前に犯罪者」と非難した。

 さらに、松本死刑囚は「自分を深く信頼している者を選んで、殺人や化学兵器の製造などを命じた」と指弾した。「私を含めて、教団が殺人を犯すなどと思って入信した者は皆無」だったとも訴えた。

 死刑囚にも心境の変化はあるだろう。真実を語り、書き残してもらいたい。

 オウム真理教は、後継団体とされる「アレフ」と「ひかりの輪」など3団体に分かれて活動している。公安調査庁はいずれも松本死刑囚の影響下にあるとみて、団体規制法に基づく観察処分の更新を公安審査委員会に請求した。

 執行後は、松本死刑囚が神格化される可能性も否定できないとの指摘がある。

 さまざまな動きに、十分な注意を払うことが大事だ。


>死刑囚は犯した罪と向き合い、償わなければならない。

 この新聞は、袴田事件をどのように報じているのでしょう?

>残念なのは、松本死刑囚が真相を語らなかったことだ。不規則発言や居眠りを繰り返し、被告人質問には、沈黙したままだった。

 繰り返しますが、彼は彼なりの真相を語っていますし、それを認定するのは裁判所のお仕事!

>一つの例は、地下鉄サリン事件で使われたサリン製造に関与したなどとして刑が確定した元教団幹部の中川智正死刑囚の手記だ。2016年11月号の専門誌「現代化学」に掲載されたもので、かつて「尊師」と仰いだ松本死刑囚を「麻原氏」と呼び、殺人や化学兵器製造と無縁の宗教団体を変容させたとし「宗教家以前に犯罪者」と非難した。
>さらに、松本死刑囚は「自分を深く信頼している者を選んで、殺人や化学兵器の製造などを命じた」と指弾した。「私を含めて、教団が殺人を犯すなどと思って入信した者は皆無」だったとも訴えた。

 それは結果を述べているだけで、理由を語っているわけではない。
 「麻原氏」と呼んでいるのは、公判中からのこと。
 では、「麻原氏」の指示に従ってなぜ事件を引き起こしたのか? そう問われると、中川をはじめ当事者たちは、わからないと答える。その理由も「麻原氏が裁判で語らないから」。自分の頭で考えていない。入信から犯行に至るまでの姿となにも変わっていない。
 その事実すら現場で取材していない。把握できていない。自分の頭で考えていない。


 結局、これらの社説にみられるのは、「闇」だとか「真相」とか言いながら、自分たちに納得のできる解答や、受け入れられる事情が欲しいだけ。
 それに合致しないことを、「闇」と呼び「真相」が明らかでないと叫ぶ。
 取材もせず、事実を無視して、思い込みで主張する。

 オウム事件には、時代的背景がつきまとう。
 バブル経済と同時に教団は膨らみ、崩壊と時を同じくするように弾けていく。
 地下鉄サリン事件はちょうど戦後50年におきた出来事。
 敗戦による国体の大転換は、次世代、次次世代に、どう引き継がれていったのか。

 そんな時に、これが本当の幸せなのだろうか、いつまでもこんな時代が続くのだろうか、などと疑義を抱き、こんな世界に真実なんてないのではないか、虚実ではないか、と感じてしまった若者たちの心理なんて、少なくともこんな社説を書いている人たちにはわからないのでしょう。
 だって、ここに書いてあることが真実ではないのだから。
 そこに新しい価値観が提示されれば、真贋はともかく、現実からの逃避の入口になる。
 そうすれば、なにも苦しまなくたって済む。悩まなくていい。

 頭のいい若い人材が世間を構成する論評が嘘であると知れば、その時代を否定に入る。
 その罪の原初にあることを、この論評は知らない。

 事件を「狂気」と語る前に、まず、あなたたちが誠実になるべきだ。

 いや、むしろこの人たちは「闇」や「狂気」でまとめてしまうことを望んでいるようにしか思えない。
 それすら、悩まなくたって済む。苦しまなくたって済む。その一つの答えなのだから。

 酷いものです。

 まずは現実と向かい合って欲しい。

 それにしても、本当に漫画みたいな裁判でした!

オウム裁判傍笑記|小学館
オウム裁判傍笑記
https://www.shogakukan.co.jp/books/09402697

剽窃者に特攻隊や天皇について語ってほしくはない!

 今月10日発売『文藝春秋』2月号に特攻隊と天皇について寄稿している作家・元産経新聞社会部編集委員の肩書きの将口泰浩なる人物。

『帰還せず 残留日本兵六〇年目の証言』
 という本をぼくが出したあと、
『未帰還兵 六二年目の証言』
 という表題で、
 コンセプトも取材対象者もまったくいっしょならば、
 およそ日本語の読解能力のある人物が読めば、ぼくの文章を書き写したとしか思えない頁が散見する本を産経新聞社から出した人物。剽窃者。

 産経新聞の記者としても、日本経済新聞の記事を盗用したことで処分されたといいます。

 その剽窃については、このブログでも過去に触れています。

剽窃者たちの系譜
http://aonumazezehihi.blog.fc2.com/blog-entry-73.html

 因みに、当時この件について話した文藝春秋の編集者に、問題の本を貸したところ、いまだに手元に戻ってきていないままです。


帰還せず 残留日本兵六〇年目の証言|小学館
https://www.shogakukan.co.jp/books/09406074
プロフィール

あおぬまよういちろう

Author:あおぬまよういちろう
【青沼陽一郎】
「ジャーナリスト」(週刊文春・週刊新潮)と呼ばれたり、
「ノンフィクション作家」(週刊現代)と呼ばれたり。
 日本文藝家協会・会員名簿には「作家・ジャーナリスト」とある。
 著書に『池袋通り魔との往復書簡』『オウム裁判傍笑記』(小学館文庫)『食料植民地ニッポン』(小学館)『裁判員Xの悲劇』(講談社)『私が見た21の死刑判決』(文春新書)『帰還せず-残留日本兵六〇年目の証言-』(新潮文庫)など。
 映像ドキュメンタリーに『虚像の神様〜麻原法廷漫画〜』シリーズ。

ぜぜ−ひひ【是々非々】
 よいことはよい、悪いことは悪いと公平な立場で判断すること。
「 是を是とし非を非とす る、之を知と謂い、是を非とし非を是とする、之を愚と謂う」『荀子』修身より

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